あ。
ぽつぽつと染み込む音がする。
「・・・・・・・ん」
無意識に耳を澄ませれば遠くに響く喧騒。
車の機械音、流れては消え、また流れて。
ばしゃばしゃと音を立てて駆ける子供の笑い声。耳の後ろ辺りにくすぐったく聞こえた。
朝が。
来たんだ、と理解し、気だるい身体を叱咤して何とか起き上がろうと。
動かした自分のそれをしっかりと抱き包む二本の腕。
漏れるのは。
嘆息。
それとどうしようもない愛しさだけ。
「・・・先輩」
口に出るのは最早癖となってしまった呼び名。
音がする。
ぽつぽつと。
そう言えばこの人の事名前で呼んだ事無かったな。
「先輩、起きなきゃ」
その言葉で腕に力が込められるなんて予測済み。
それでも何時までも安穏と心地良い空気に溺れてる訳には行かないし。
外の雨は今にも止みそうな、弱いもの。
まるで自分達だと。
思う。
「・・・・此処に居ろよ」
「駄目ですってば。・・・判ってるで、しょ。あの人、今日の午前中に帰ってくるんです」
「だから居ろって言ってんの」
言葉に形にしたら鮮明に浮かび上がった。
一緒に生きようって言ってくれたあの人。
沢山の出来事の後ろに垣間見えた姿を認めても。それでもその最下層で彼の掌を受け止めたのは確かに自分。
共にあろうとするのはその自らの意思だ。
それは酷く義務なんて言葉に近いものだけれど。
「先輩・・・」
「なぁお前、俺の事好き?」
二人で会う時は。
何時も雨が降っている。
それは多分気のせいなんかではない。
「好きです」
「・・・そっか」
「はい」
三上は何故だか顔を歪める。
笠井は躊躇い無く彼だけを見続けて。すぅ、っとその腕から抜け出した。
「帰ります」
「うん」
折り畳み傘を手元のカバンからがさごそ出そうとして。手を止めて、自分で離した手をもう一度掴んだ。
「どうした?」
もし、晴れた日だったら。
綺麗な青と白のコントラストの下で。
誰にも遠慮せずに好きなものを好きだと言えるの、かな。
雨の音が心臓の鼓動と重なったから。
そんな事をつい、思った。
止んだらその時、自分も終わりだって、判ってるから。
外では水溜だらけの道を駆ける子供の笑い声。
「ごめんなさい」
「・・・言うなって」
「このまま世界が、終わってしまえば。・・・いいのに」
待ってるから、と。
ずっと昔、シニカルな笑みのまま、掌を振った。
そんな彼に何も言う事が出来なくて抱きついた。
笑うんだ。
「一人ぼっちにさせないでくれて、ありがとう」って。
待ってるだけの恋で貴方、いいんだって、笑うんだ。
「・・・送るよ」
折り畳みの傘は出番無し。何時もの事だ。
大きな彼のそれに二人で寄り添って、空をこっそり仰げば灰色の。
道端には置いてきぼりの三輪車が、寒そうに身を縮めている。
少し身体が震えて、肩に廻された手に力が微かに込められる、けれど。
もうこれ以上は近寄れない。
携帯がぶる、と震えた。
「・・・・・・駅、着いたって」
「ん」
「だから、此処までで、いいです」
言葉を遮る様にオレンジの車両ががたごとと。
線路沿いの道は後少しで終わってしまう。
もう目の前のロータリーを、傘で視界から隠した。
「後、三歩」
「・・・・・・・ん」
軽やかに後ろから立ち止まる直前の二人を自転車が追い越した。
ひょっとしたら。
普通の恋人同士に、見えたのかな。
少しだけ太陽が顔を覗かせた。
雨はもう止むから。
お別れですよと僕等に言った。
@それは、別々の道の上、それでも必死に伸ばして掴んだあなたのて。
キリ版、不倫三笠。槙原敬之でEND OF THE WORLDより。
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