それも、ひとつのあいーのうーたー |
泣いている笠井を見たのはこれで三度目だった。 前の二回は両方共負け試合の後。唇を噛み締めて、俯いて。堪えきれずに目尻にうっすらと浮かぶそれは、何となく見てはいけないような気がして自然、急いで目を逸らす羽目になった。 大人しめな見た目と違って意外に勝気なのは彼の性格。知っているからこそ、だから余計。 強く、強く。辰巳の印象に残ったのだった。 「・・・笠井?」 思わず声を掛けると泣き腫らした目を彼は向け。 そしてうぇっ、と嗚咽混じりに辰巳の名を呼んで駆け寄ってきた。 「・・・っせんぱぁい、俺、もうっ、どうしたら・・・っ!」 途端、どくんと跳ねる、正直な胸のうち。 抱きついてきた笠井の背をそれでもぽんぽん、とあやして、ゆっくりと問い掛ける。その只ならぬ様子。素直に、心配だったから。 笠井は両方の袖口で既に赤く腫れてしまった目を無理やり拭いて、それから無理やりな笑みを上目で、する。 そんなどうしようもない顔を君にさせた奴を。 殺してやりたいと、少しだけでも本気で。思ったり。 口を開くことで誤魔化して。 「とにかく落ち着いて。それで・・・・・嫌じゃなかったら。話して、な?」 「・・・おれ・・・・・・・」 「泣いていいから」 言って、胸にもう一度押し込めて。 それから何時かと同じ様に、聞こえない振りを少しの間、した。 「俺、とんでもない事をしちゃったんです。きっと誰も許してくれない」 「・・・・・・・・そうか」 「自分が許せない。あんなに大好きだったのに!・・・・・・ずっと一緒にっ、いた・・・のに・・・っ!」 また込み上げ始めた嗚咽。違うのは涙が浮かんでも逸らさない瞳。 辰巳はまだ話が飲み込めないから、笠井の背を擦って。続きを促す。 「俺・・・」 辰巳の胸に添えられた手に酷く力が篭もった。 「どうして・・・・・っみかみ・・・っ…ぁ・・・・ん殺しちゃ・・・った・・・りなんか・・・・・・・っ!」 脳が動かない。 なんて事、本当にあるんだと辰巳は生まれてこのかた、初めて知った。 もう完全に泣きじゃくる笠井をそれでもしっかり抱いて、笠井の言葉を必死に反芻する。 三上を。 殺した? ・・・・・・・笠井が? そこまで辿り着いて、取りあえず頭に浮かんだ事を吐いてみる。 「あの。その。おめでとう」 何がだ。 突っ込みはそんな言葉ではなく、辰巳の背中に直接与えられる。唐突なその蹴りは大層な威力で、思わずそのまま倒れてコンクリ製の廊下と仲良くなる羽目になった。胸に居た筈の笠井は何時の間にかちゃっかり三上の元へと移動していたりするし。しかも自分の時より、随分すんなり似合って嵌っているし。 「お前が死ね」 「三上せんぱぁい・・・」 「お前、何泣いてんだよ。襲われてもしらねーぞ。其処のソレとかに。・・・そんな事になったら殺すけど」 倒れた彼の近くには赤い文字。みかみ。 何時か覚えてろ、ともう何度目か判らない誓いを気を失う前に辰巳は胸に抱く。 「・・・あ、笠井。こんな所に居た」 そんな修羅場の最中、能天気な声をあっさり掛けられる人間は少ないもので。 親友の声を聞いて、泣き腫らした顔を笠井は上げる。 「ふじしろぉ・・・」 「突然部屋飛び出すからびっくりしちゃったよ。ホラ帰ろ。もう大丈夫だから。リセットしたし」 「・・・本当?生きてる?死んでない?」 「うん」 訳の判らない会話の後。途端、笠井はぱぁぁ、と顔を輝かせて。ダッシュで自室の方向へと走り去る。 藤代は少しだけ呆れた顔して溜息吐いて、失礼しましたと軽い会釈でその場を離れようと。 した所で襟元を掴まれて。 少しだけ天国のおじいちゃんを垣間見た様な気なんかがしました。 「―――っ何すんですか三上先パイ!息詰まって花畑見ちゃったじゃないですか!」 そんな怒声も目が座った三上を前にしたら凍りつく。 今度は何もされてないけど頭の奥でおじいちゃんに呼ばれたり。ごめんなさい、俺まだそっちには行きたくありません。 「・・・・・アレはなんだ」 ドスの効いた声には思わず揉み手でお答えをば。 「アレと言いますと」 「あの泣いたカラスの事だボケ」 俺はどうしてこんな脂汗を掻かなきゃいけないんだろうと。この世の理不尽さを神に問いながら、どうやって説明しようか考える。 少ない脳みそをフル活用させて、ゆっくりと言葉を吐いた。 「・・・先輩がRPGをやる時。名前をどう付けますか?」 「―――あぁ?」 「俺なんかはその場で考えたソレですけど。笠井はいっつも周りの人間、使うんですよね。今回のは名前付ける処なんて無いんですけど」 愛称って事で。 だって辰巳先輩も三上先輩も竹巳(これは藤代が付けたんだけれど)も。皆ぴったしなんですもん。 「面白いですよ。歌いながら自分でつっこむし。愛してる愛してる煩いくらいです」 ちなみに赤が三上先輩です。みかみん。 そんな藤代の台詞はもう脱力しきった三上の耳には届かなくて。ばたばた離れていく、その足音が聞こえなくなってから。それから漸く身体を面倒臭げに動かした。 彼らが走った、その方向へ。 「結局の処」 細かい事を考えなければ、うん多分。 泣きじゃくる笠井も可愛かったし。 「・・・俺の事って、訳だしな」 TVのCMで見た、小さなたくさんの生き物達。 何となく笑みを浮かべて、それから足元の塊をしっかりと踏みつけて。ぐぇ、なんてカエルみたいなそんな声を耳に入れてから上機嫌で口笛なんか吹いて。歩いてく。 そのメロディーは意外と自分でもお気に入りの。 あいのうた。 ・・・ピクミンって言ったっけあの生き物は。 ちなみにこれは後から聞いた話だけど。 「赤はね。水に入ると死んじゃうんですよ。なのに笠井の奴、全部連れたままジャバジャバ入っちゃって。100匹。全部。うん」 ・・・でも愛してくれとは言わないよ。 なんて気持ちが少しだけ判ってしまった今日でした。 ついでに武蔵森が誇る大型FWが二日も部活をお休みしたとか。 そんなのも後の祭りなお話でした。 @へいわなひとたち。 |
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