人がもそもそ動く気配で目が覚めて。
天井をふと見上げれば見慣れない色をしていて、ここは何処だと平馬は一瞬飛び起きそうになる。
なるだけで留まったのは動いた瞬間、下肢から上に掛けて一目散に鈍い痛みが走ったからだ。
結果的にほんの少し身体を身動きしただけで終わって、また元の布団へと平馬は戻る。
いつも使っている安っぽい掛け布団とは違う、羽毛の温かさ。硬いせんべい布団と蕎麦殻の枕も見当たらないのにも段々と気付けた。そして掛けられた声は朝食を告げる、母親のそれなんかじゃないことも。
「・・・起きた」
聞き慣れた声。
無骨な、でも穏やかな平馬の大好きなその声は、何だか少し。躊躇いが込められていて。
「・・・・ちひろ」
「・・・おはよ」
「あー・・・うん。おはよ」
千裕はもう随分前に起きていたのか、すっかり目が覚めた様子でベットの側に立っていた。
シャワーでも浴びてきたのだろう、下にジーパンを穿いただけで上半身は裸のままだ。首に掛けたタオルで頭をわしわしと拭いている。
低血圧の平馬はむくりと起き上がりぼんやりと千裕を見つめながら、何で千裕は自分から目を逸らしてるんだろうなと考える。冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターを半分口に含んでから、千裕は残りを差し出してくれた。何も考えずに反射で受け取って、飲めば頭が少しクリアになった。ぶるぶると頭を振ると、周りの事も少しは見える様になって。そうして漸く、平馬は自分が裸のままで起き上がっている事に気が付いた。
「―――――!」
声にならない叫びを上げて、慌てて寝散らかした毛布を掴めばまた引き攣った痛みが走る。今度はもう、さすがに。何の所為だか、平馬にも判った。
「・・・風呂でも入ってくる?俺もういってきたし。そのままだと気持ち悪いだろ」
「あ、うん。そうする」
ベットサイドに立ったままの千裕に、答えたものの毛布に包まったままの平馬。
お互いの間に何だか変な緊張感があるのが判る。近づきすぎて、逆に触れられなくなっている様な。戸惑いとぎこちなさと、ほんの少しの優越感。
本当にやってしまったんだな。
胸元の所所に残された赤い跡を覗き込み、改めて平馬が思えば体中がまた熱を持つ。くらくらとするのは、痛みの所為だけなんかじゃない。
「動けないなら連れてくけど」
「やっ、平気―――っと、っ」
そんな事は到底されたくなくて、慌てて平馬も動き出すものの下半身は思っているより力が入らなかった。痛みに堪えつつの覚束無い足取りは不安定で、引き摺った毛布の所為もあって転びそうになる。腕を掴んで支えてくれた、千裕の掌も熱かった。
「あっ・・・りがと」
「・・・・うん、別に。・・・平気?か」
「だいじょうぶ」
触れられた所からじわじわと、昨日から続いている熱が溢れ出てくる様な感じがした。
起きてからもうそれなりに時間が経っているけれど、千裕は平馬と目を合わさない。その理由が何となく判る気がした。駆け込む様に浴室に入れば漸く一息付いて、そのまま腰が砕けて平馬は座り込む。頬が熱い。
扉を閉める瞬間に聞こえた、無理させてごめんななんてな千裕の台詞がまたぐるぐると頭を回った。




あの腕が昨日、平馬を抱いた。
シャワーの雨をいくら浴びても、考えてしまうのは昨日の出来事だ。
壊れ物を扱う様に、伸ばしてきた千裕の掌。髪を梳いて、撫ぜてもらうのが好きだった。フィールドの後ろ、最後の壁の位置からいつも絶妙な声出しをする、通りのいい低い声。平馬、と繰り返し呼ぶ声は優しかった。穏やかな目が余裕無く、自分を求めてくれるのは照れ臭いけど、嬉しかった。
洗いながらふと見遣れば、太股の付け根にも二つ、赤い跡が並んでついているのに平馬も気付く。付けられた事なんてもう覚えていなくて、そっと指を這わすとびくん、と身体が震えた。昨日の名残だ。
目を瞑ると情景は蘇り、目の前に千裕が居る気分になる。そういえばさっきも見られていた。良く平気だったものだと今更に感心して、身体の奥から込み上がってくる熱を大人しく認める。
鬱血した跡は痛い訳じゃない。何度も指を這わしなぞった所でどうにかなる訳も無かった。息が段々と上がってきたのは、だから平馬の所為じゃない。
自分では知らなかった、触られて感じる所。それとも相手が千裕と思うから、どこもかしこも反応するのか。流石にそれは、判らない。
身体を伝うシャワーの熱は、まるで千裕に抱かれている様だった。掠める様に掌の位置をずらし、中心に軽く触れれば形をもう変えていて、思っていた以上に敏感になっている。口元を反射で抑えて、シャワーの勢いを強くする。狭い浴室に蒸気と水音が篭もって、くらくらと逆上せそうにもなったがそれで良かった。もう遅かったから。思っていた以上に、自分は千裕にのぼせている。
もう少ししたら、シャワーを水にして頭を冷やそうと思う。
長風呂の自分を気に病んでいるだろう、心配症な千裕の顔がちらり、脳裏を掠めたけれど、まだしばらくは平馬も浴室を出れそうもなかった。掠めたから、余計。








@ひとり、きみを思う。


こういう事後の空気が、ふいに書きたくなって。
三笠は何か求められた事が無いので、だから。という訳だけでもなく。(だからなんだと)







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