雨の降り始め。
冷え込んできた空気を深く吸い込むと、形にならない何かが引き締まる気が、笠井はする。
俯いてベンチに座りっぱなしの辰巳は一瞥するだけに留めておいた。掛ける言葉はまだ見つからない。それは彼にも、自分にも。
段々と強くなってきた雨音に、笠井は一度ふ、と笑って辰巳の肩を軽く叩いた。
顔を上げる事はせずとも、意識は向けてくれたのは判る。
駆け出せば、スニ―カーを弾く水滴が光った。




ゆうだち






「冷やしてきます」


痛くは無い雨の量とは言え、試合後、熱持った身体に打たせるのは温かいシャワーの方がいい。
頭に被せていたタオルを放り出して、隣から居なくなる気配を捕まえようと辰巳も一瞬は思った。けれど胸にあるやるせなさは恐らくは辰巳も、笠井も一緒で。
転がっていたボールを捕まえ、雨の中一人リフティングする彼をどうにかするなど、出来る筈も無い。
選抜で四人抜けた状態で、急に申し込まれた練習試合だ。
チームとして整っていない、言い訳だけなら幾らでも浮かぶ、そんな中で。それでも、勝てと言われて、勝たなくてはと力が入って。
空の崩れは夕方からと天気予報が言っていた通りで、雨が降る前に、試合は終わった。
負け試合はいつも胸にしこりを生む。
タオルを手放せず、俯いてもうどれくらいの時間が経ったのだろう。
「・・・ちくしょう」
つい口に出た、珍しい悪態は雨の中に吸い込まれていった。
形にする事で引き摺らずにいられるならと誰かが言っていた。成る程と思ってそれから辰巳も、悔しい事は悔しいと。言う様に、慣れない中で、努力している。
笠井のリフティングは雨の中、まだ続いていた。
タオルの隙間から見やえた顔は酷く真摯で、思っている事はすぐに、判った。
「・・・悔しい、よな」
初めて、ラインコントロールを任されていた。
自分達三年が居なくなった後、先を見込んでの新しい形。慣れない真ん中に戸惑いながら、けれど肩に乗せられた重圧を期待と思って笑って、高い笛の音を聞いた。
チャンスを結果に繋げられなかった辰巳とは違う、それは落ち込みだ。
夕立だとか、確か言っていた、雨。
まだ止む気配も無い。


不意に、ボールが転がった。
ちくしょう、と雨音に混ざった、それは嗚咽めいた叫びめいた。


辰巳は俯いたまま横に置いてあるポカリに手を伸ばす。ひんやりとした感触は身体の熱を逃してくれる。それは雨の匂いやグラウンドの清浄感、雨音の合間から零れ聞こえる彼の声。それと、同じで。
高揚を、溢れてくる目尻の熱を、冷やし切るにはもう少し時間が必要だ。
タオルを被り俯いて、待っていようと辰巳は思う。ポカリを二本、黙って置いて。先に帰ってくれた友人達の気遣いのそれは延長なのだろう。

「・・・っちくしょうっ・・・」

雨はまだ強いままで、身震いする程の寒さが何時の間にか生まれていた。
ボールが跳ねる音はもうしない。聞こえるのは雨音だ。所々に混ざり合う彼の声は言葉は、辰巳は聞こえないふりをする。

「・・・・・・・っ上さ・・・ぁん・・・・っ」

笠井の事が、好きなんだ。
三上と笠井の事を聞いた時、はっきりと自分の気持ちも形になったから。そう三上に伝えて、知ってるよと答えられて、思えばもう随分経つ。
後頼むな。
そう言って出て行った彼の後姿、目を瞑れば鮮明にいつでも浮かび上がった。
雨漏りなのか、屋根の隙間から不意に雨粒が零れる。頬を伝った。

「・・・・ちくしょうちくしょうちくしょう・・・・・っ!」


止まない雨は無い。
もう少し経てば雲が風が、町が。動き始める事だろう。









漸く顔を出した太陽を受けて、水滴を撒き散らかして笠井が駆け戻ってくる。
雨上がりの風が頬を軽く撫ぜた。
頬には何の跡も、残っていなかった。
「頭、冷えました」
「・・・なら良かった。けど。身体ちゃんと拭いて、帰ったら暖まれ。ゆっくり」
「はぁーい」
投げ渡されたタオルで頭をがしがしと拭きながら、先に歩き始めた辰巳の横にすんなりと笠井は納まる。片手にはポカリをきちんと持って、歩く足音は軽快だ。
「辰巳先輩」
「ん」
ゆっくり滑り出した雲に、明るさを取り戻したグラウンド。
水溜まりが乾けば明日もまた練習が出来る。帰ってくるまでに、もっともっと。上手くなる事だって、きっと出来る。
笠井の口は、淀み無くて、良かった。
答えられる自分で、せめて良かった。
「ありがとうございます」
「・・・ん」
「誰かがやっぱ、居てくれて良かった。」


背筋を伸ばして、前を見てないと。追いつけやしない。
そう真っ直ぐに笑う強さが迷いの無さが、全部全部。自分の好きな。君だった。
雨上がりの荒涼な空気は吸い込むと、少し。頭に響いた。


駆け出した背を見送る事しか出来ない、僕だった。







@ぜんぶ、君だった。


キリリク、三笠+辰巳。真骨頂なリクありがとうございました・・・!
山崎まさよし、一二を争うくらい好きなんだこの曲。










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