たったった、と。
 駆ける足は止まらない。
 走ったって間に合わなくて、約束の時間なんてとうに過ぎて。断りの連絡も謝罪の言葉もすでに送って、気にするなってもう返事だって返ってきた。
 自分が向かう先、ついさっきまでの待ち合わせの場所。駅に彼が待っている可能性など欠片だって無い。
 嫌になる程判っている。判っているけれど。走り続けてもう10分、休み無しでそろそろ息が上がってくる頃合に、体は素直に反応する。
 それでも足は止まらずに、駅に向かって駆けている。
 女々しさ、後ろ髪、何て名前を付けられてもいい。
 背中を押す熱に答えをくれるというなら、何だっていい。人にぶつかって謝るのは、もう確かこれで5回目だった。


 クリーム色の石畳を抜けて、ロータリーを通り越せば駅の階段は目の前だ。
 目に入りそうになった汗を乱暴に拭い、一瞬だけ迷った後にまた駆け出した。線路沿い、駅のホームに高い笛の音が響く。電子音がスタートの合図になって、悲鳴を上げていた手足はそれでも言う事を聞いてくれる、今までの鍛錬の賜物だ。
 動き出した電車はゆっくりとスピードを上げていく。
 車両全部がホームから出た辺りから、並んでいたのが段々と距離を、確かに取られていって。手を伸ばしても、届かなくなっていく。舌打ちが掠れる。息も、涸れた。伸ばしたまま握り拳を作れば、形の無い空気は、容易くたやすく逃げていく。
 立ち止まったのは、最初の踏み切りで。
 警報も鳴り止んで、すっかり空に向かって背筋を伸ばしてしまった遮断機に寄りかかる。もう座り込んでもいいくらいの全身の、身体の重さ。散々鍛えている筈の手足が悲鳴を上げていた。随分、無茶をしたのだと改めて思った。
 腕で顔を拭う。全力疾走した処で、あの電車に彼が乗ってないという事くらい、ちゃんと頭で判っていた。
けれど腕で、顔を拭う。目尻が妙に汗を掻いていて。気持ち悪かったから、ただそれだけで。
 俯いて、息も動悸も段々に落ち着いた頃に寄りかかっていた遮断機が揺れた。
 警報が辺りに鳴り響く。反対電車がやってくるのだろう、顔を上げれば丁度線路を挟んで向こう側に、ブレザー姿の少年が一人。何でもないそんな風景が、嫌にはっきり視界に残って、そんな事が妙に可笑しくて一人で、笑った。


「根岸」


 今ここに居ない、線路の向こうに居る訳も無い、彼の名前を呼んだのは何故だったのだろう。
 電車に視界を遮られ、踏み切りの警報と電車の走り抜ける音に聴力を奪われて。
 胸の奥から湧き上がる、顔へと集まってくるこの熱の名前を中西は知らない。
 いつの間にか喉元から飛び出した言葉を、電車は攫って逃げていく。好きだ、と叫んだ、背中を押した、答えを中西が知る訳も無い。








@ぼくはただ、君に会いたかった。


根岸を思う、中西というより。
実は、M沢さんを思う、あたしというか。
お仕事でうちの地元の方に来られるっていうから待ち伏せしょうそうしようと思ってたのに、急に仕事が入りまして。…走って五分の処に居るのにぃ!と電話番をしながらじたじたしてました。バイト先の電話番号送りつけようかと思った程。やめてよかった。(給料泥棒)

以前出した本でも書いたシチュエーションでしたが、こう、踏み切り向こうの君とか、通り過ぎた電車と消えた君と、とか相当好きです。
一度線路沿いの友達の家の前で立ってた時、実際に想像してみましたが本当に辛かった。泣く。
そんなひさぎのツボを誰かかいてくれないかなぁ!と笑顔でにこり、とある方向にひとりごとを言う訳です。







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