真夜中に目が覚めた。



世の中、本当にどうしようもない事なんて滅多に無く、本当に本当にどうしょうもないことなど、長い人生で一つか二つ程度なのだと言う。
例えば絶望とか虚無とか、そんな足元から段々と伝わってくる得体の知れない深い闇なんて存在を、中西は知らない。言葉の響きや想像や、本の中の出来事でしかその狂気を自分は知らない。
まだ15年しか生きていない人生だ。だから本当の意味での、恐ろしい事など多分、まだ直面もした事の無い幸せな人間なのだろう。額に掛かる汗を拭いながら中西は考える。中学生。それは大きな括りの中では明らかな子供であり、何の憂いも無い未来を持つ、生き物なのだろうと思う。

真夜中に目が覚めた。
少なくとも、たかがそれぐらいの事。そんな事で不幸だなんていう事自体が、まだ本当の苦悩を知らないと大人達は多分笑う。息苦しさに居ても立ってもいられずに、胸を掻き毟る程の衝動に押されて涙すら流せない。そんな発作も、理解してもらえない。
二段ベットの上、飛び起きて見た天井は酷く近かった。夏の夜特有の蒸す空気の所為だけじゃない汗と荒い息。無意識の内に握り締めていたTシャツの襟元は、随分伸びてしまった事に後から中西は気がついた。
「――――…っくそ…」
込み上がってくる嘔吐感。かといって本当に吐ける訳も無く、掌を意味も無く口に押し付ければ、自分の汗の匂いに胸が焼かれた。


ふと、真夜中に捕らわれるのはこんな時。


震えている身体を叱咤して、焦点の合わない視点をどうにか階段へと持っていく。深呼吸は二回程。熱を持つ掌の隙間から吸い込むそれは冷たくも美味しくもまるで無かったが、それでも中西の脳に幾ばくかの何かを与えてくれて。ぎしり、軋む音を部屋に落として。二段ベットを降りる、ただそれだけの事に酷く時間を掛けて。階下の住人を、出来るだけの気負いを無しに、覗き込む。
「……根岸」
一段下はいっそ呆れてしまう程の穏やかさ。暑いのだろう毛布を蹴っ飛ばして、それでいて枕を抱きしめてすうすう眠る親友がいつも通り、居るだけだった。どういう寝相なのか裾は捲くれ上がって半ズボンの様な状態で、パジャマのボタンも幾つか取れている。こうして数日寝冷えを繰り返し、程好い所で風邪を引く、それは何時もの日常だった。
「……はは」
規則的で柔らかな呼吸音は耳を澄まさなくても中西の下へと確かに届いた。気の緩んだ寝顔。一つ上のベットで中西が、胸を掻き毟る程の苦痛を声も出せずに抱いていたなんて。夢にも見ない、そんな顔。起こさない様にそっと触れた、根岸の髪は柔らかかった。



真夜中に目が覚めても、君は目を覚まさなかった。そんな事に酷く救われて。
生きていける人間も居る事を、君はずっと知らないでいて。





@ありがとう、きみがいてくれた。


中西は弱いイメージはなくとも、ある種の不安定さは持ってる感じ。
不意に訪れる瞬間、ひとりじゃないって凄くそれは大事な事だ。








SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送