鬼の霍乱と言ったら、失礼だろうと言い返された。
 御伽話の住人に対して失礼も何もあったもんじゃないとこっそり根岸は思ったが、弱ってる人間相手にむきになるのも大人気無いのでやめてみた。
 はいはい、とあやすのは友人の得意技。お株を取られて中西は、赤い頬を少し膨らまして、毛布を顔まで持ち上げる。どうして人は熱を出すと幼児化してしまうのだろう。


6/3  
ネクストドア


 熱を出したら寝込んだりするのは専ら根岸の担当だったから、相方の面倒を見るのはこれが多分初めてだった。
 昨日から急に上がり出した熱は一日休んだだけじゃ治らず、レギュラー一人を欠いた何だか変な感じの部活を終えて根岸が自室に戻ってきた時も、中西は掠れた声と赤いままの顔でそれでも律儀におかえりと言った。
 地理の授業が自習で課題として出たプリント、明日の予定や何処か不安定だった中盤のバランスとお陰で機嫌の悪かった三上が笠井に人にあたんないで下さいよ!と逆切れされてた事なんかを、持ち前の早口では無く出来る限りの柔らかさで、ベットに入ったままの中西に告げていく。
 ぼんやりとした目は少し潤んでいて、所所に入る根岸の軽口にも反応するものの、動作は何処か緩慢だ。たまに小さく笑った処でその後は大抵咳き込む。通常何があっても平気な顔をする中西だから、隠しもしないそれに病気の重さを根岸は知る。
 多分そっとしておくのが一番なのだろうという事くらい、根岸も知っている。それは中西の性格。
 それでも大家族に囲まれ育って、それなりに愛されてきた根岸には何かしてあげずにはいられない。すりおろした林檎や氷枕、額に乗せてもらったタオル。目を開けると見える優しい顔。それらの熱持った時の幾つかの記憶は、この目の前の彼によるものだって勿論ある。だからこそ、何か。少しでもしたいと思うのだ。


「中西」


 ただ名前を呼んで座り込み、ベットを覗き込んだだけなのに多分何もかもがお見通しになる。頭を撫ぜてくれる掌はやっぱり熱かった。
 苦しいのは中西で、辛いのも中西なのに、慰められると悲しくなる。気にすんな、と言う声は何時もの中西の声色で、優しくて暖かくてそれとちょっと。痛かった。

「明日も朝練だろ。もう寝ろ、お前も」
「・・・ん」
「調子良かったら俺も起きるから。・・・薬も飲んだから、大丈夫。ありがとな」

 多分自分の前では強がるだろうから。根岸に出来る事といったら、うん、と頷いてとっとと上のベットに上がり早々に寝た振りを決め込んで苦しんでる中西を知らない振りをしてやるくらいのものだろう。 判ってる、相方の性格。気を遣うともまた違う、自分を大事にしてくれている性格。こんな弱っている時でもそれは変わらない。
 だから根岸に出来る事と言ったら。

「寒いから」

 唐突に触れた掌はやっぱり熱かった。
 5月も終わって梅雨前、でもいい天気が続いたその夜。熱帯夜までいかないけど、汗ばんだのは昨日も今日も。
 寒いから、と繰り返して根岸は俯いた。握りこむ掌。早く治れと、念も一緒に送り込む。搾り出した様な声は掠れてて、お揃いだよと後で笑えばいいと、そう思った。

「・・・中西の手は暖かいから。眠るまででいいから。・・・握らせて」

 我侭は自分の担当。しょうがないなと笑って手を差し伸べるのが、中西の何時もの習慣。
 人のぬくもりは安眠への近道。聞きかじった迷信は意外と意外に効力あって、間を置かず聞こえてきた穏やかとはとても言えない、それでも寝息には違いないそれに根岸はやっと小さく息を吐いて。
 早く良くなりますようにと、祈りを込めて外した掌はあっさりと気付けば冷えていた。こびり付いた汗を気紛れで舐めてみればしょっぱくて少し顔を顰める。
 汗が出れば熱が下がるだろうから、明日までのプリントは今から徹夜で二人分やる事にした。







@ねむるまで、そばにいる。


水沢さんに一方的に送りつけ。
たまには、しっかりしたひとも霍乱で。










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