グラウンドを駆け抜ける、陸上部のお株を奪う脚力。
ドラムバックを二人分抱えた姿はある種の苛めにも見えたりするけれど、通りすがり、走りすぎていくその中西の表情を見た者は何にも言えなくなったりしていた。
必死な表情、ってこういうのを多分、差すんだろう。
他人事みたいに脳裏にそんな事が過ぎったのは、サッカー部のフェンスを抜けて校舎脇の植え込みのランニングルート、昇降口に飛び込んで映った、大きな鏡の中の汗まみれの自分。
廊下を走るな!
何時も素通りの手書きのポスターが、こんな時ばっかり目に入るのは、何故だろう。
部活終了の笛の合図が鳴って、円陣組んで締めの挨拶をフィールドに響かせてから、多分、また10分も経たない。
中西が我に返ったのは保健室の前に到着してからで、立ち止まると途端に息が切れてしまう。フルタイムで有った練習後の全力疾走はやっぱり足に来るものだ。軽く震えている膝を、ぴしゃりと叩く。
馬鹿じゃないかな、と思ったのがまず最初。
ドラムパックは保健室の入り口の脇にどさどさと下ろす。砂塗れ、埃塗れのそれを清潔第一の保健室に入室させたら、多分笑顔の保険医の表情は固まるだろう。サッカー部だけでなく、色んなところでお世話になる相手。怒らせるのは、得策じゃない。
笑われるかな、と思ったのがその次の。
いやに大袈裟に深呼吸を数回繰り返せば、中西の頭もさすがに冷える。
冷えると同時に浮かんだのはやっぱり悪友達の、馬鹿笑いの顔だった。タイミング的にも丁度今頃、部室で繰り広げられてるだろう、三上や近藤たちのそんな様。
確証ありすぎて、ちくしょう、と悪態つく事すら中西は出来ない。お互い様。三上が昔、笠井を抱き抱えて保健室に向かった背中に、散々ぶつけてやった笑い声。自分の記憶はそう、遠くない。
最後に思ったのは、少しばかりの開き直り。
息はとっくに整った、汗も拭いた顔に浮かんだのは笑みだった。
しょうがないだろ、と誰もいない廊下で独り言。言い聞かせじゃないのは、待ってる相手が居るからだった。
好きなんだから、なんて言葉は続けなかった。ノックの音と、根岸、と呼び掛けるのが先だったから。
@しかたないひとたち。
しょうがないのはあたし、のような。
みずさわさーん、みてますかー?(手をふって)
君、中西オンリー出るといいよ。(そのまま返して)
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