臨採の国語教師は変わった授業ばかりする。
規定の国語の優等生の笠井は、嫌いじゃないけど何となく苦手になった。
今日の課題は作文用の原稿用紙の代わりに一枚の便箋と封筒。



結局その授業中に出来なくて持ち帰りの宿題になったんだけど。



「珍しいねぇ、うんうん唸ってる笠井くん」
「・・・・・・うっさい」
「根が真面目なんだよなー。適当にやっちゃえばいいのに、偉いねぇ」
机につっぷして寝ている背中にそんな言葉を掛けられて。
さっさとそんなの時間内に済まして、今はのうのうとスナック菓子を食ってる親友に、後ろ手で消しゴムを投げる。
いた、なんて声にも振り向かない。ちょっとだけ気分は浮上。ざまぁ。
「・・・八つ当たり禁止。てりゃ」
柔らかな軌跡を描いた消しゴムロケットの着地地点は丁度つむじのその上だ。
意地になって戦争を続けてやろうと握りしめたそれだけど、捻り出して数行書いた言葉を消すのを優先させた。
ふぅ。と深い溜息。吐いてからギシギシ言うそれでも愛用の椅子をくるり、と一回転させて、何だか久しぶりに藤代の顔を見る。
「お前、どう書いた?」
きょとんとしたそれから笑顔への移り変わり。
コレを見るのが、俺は好き。
「―――・・・大好きです」
「うん」
「愛してます。一番。俺は何より、」
手振り身振り込みの熱のこもった言葉。
「・・・サッカーが」
こいつらしいな、と思って笑う。
「そう、出したの?」
「うん。そう書いた。でも、後」
「ん?」
そこで初めて、少し照れた風に。
凄く素直で、好きなんだなぁ。と。
そんな顔見たらもう言葉なんて要らない程。


「・・・それを教えてくれた、アナタが。とても、好きです。」


色々と浮かんだ思いは全部、全部胸に詰め込んで。
ありがと、と笑いかけたらいえいえ、と大袈裟な立ち振る舞いで彼はお辞儀を。
椅子をまたくるりと廻して、笠井は何処となく黒ずんだ便箋にまた向き直る。

こんな素直な藤代が好きだと素直に思うし。尊敬してる渋沢キャプテンや控えの自分にも何かと構ってくれる一軍の先輩達なんてなんだかお兄さんみたいなぐらいだし。間宮も付き合ってみれば意外と良い奴だ。
ただ。
「・・・愛して、ます」
たった6文字書いてみて。何だか赤くなる頬にぶんぶんと頭を振って冷やして、また慌てて消した。
もう一度べたっと机につっぷして。それから深く溜息なんだか深呼吸なんだかをして、勢いをつけて立ち上がった。
もう夜は寒いから、部屋から出る時は何時も上着を一枚重ねて。
どうしたの?とお菓子を口の中いっぱいに放りこんで問いてくる藤代のおでこはぺし、とはたいてやったり。
「ジュース。買ってくる」
「俺ペプシー」
「・・・後で金。請求、するからね」
えー!なんて声も、耳と扉を早々に塞いで逃げてみた。本当は奢ってもらってもいい筈なのに。思うけど口に出さないのが、それが笠井の良い所。
無意識で当てていた胸は酷く動悸が早くて。病気なのかなって考える。
ふらふらと自動販売機に背もたれて、もう一度口の中で噛み締める様に。試みるけど。

噛み潰し過ぎて言葉を忘れてしまいました。




「・・・言えないっつの」

飲み干したジュースの缶を乱暴に投げつける。
ゴミ箱まで約10メートル、入ったら3ポイント贈呈です。コースは絶妙でこれは入るか入るかどうだ―――。


かこーん。
いい音です。
最高のタイミングに人の頭に当たらない限り、こんな素晴らしい音は生まれません。


「・・・おい」
「うわぁ」
びっくりした。
頭を片手で押さえて素晴らしく凶悪な目で睨んでくるその人の症状を心配するより、ただ素直にびっくりした。
「三上先輩だ」
「・・・てめぇが吐くべき単語は固有名詞なんかじゃなく謝罪だと思うんだが、間違ってるかな俺は」
「いえ全然」
掴みかかられながら、素直にごめんなさいを言った。胸元が少し伸びたTシャツ。でも流石に文句は言えない。
「・・・・・・平気ですか?」
「全然大丈夫じゃないけど平気」
「・・・・・・・・・・はぁ」
どす、と音を立ててTV前のソファにわざとらしく倒れこむ三上。頭を押さえてうーんうーん、と唸る姿は見ていて気持ちの良い程でもあり。それでも一応先輩だから、口に出る心配の言葉。先輩だから。
「・・・足じゃなくて良かったですね」
「お前、それは俺の身を案じての言葉か本当に?他なら良いってわけじゃねぇべ」
「や、ボール蹴れるなら。それで」
極論だよなぁ、と三上は笑う。けれどどれだけの時間を掛けた上だと言っても、結局笑い飛ばしてしまう辺りに、笠井はサッカー馬鹿だよなぁ。なんて思った。
同じ穴の自分はえいこらしょ。と棚に上げてしまってやって、何だかその事実が嬉しくて、自然と笑ってしまった。
「そんで何」
「・・・え?」
「何か一人でぶつぶつ言ってただろ。やさしーい先輩が聞いてあげるから、言ってみな」
両手を広げてにこにこにこ。
そんな三上を見て、暇なんだなと心の中で思わず呟く。口に形に残らないのは、今まで培ったこの人が教えてくれたサッカー技術と処世術。
大人しく言う事にする。腰を落ち着かせる前に自然な動作で缶コーヒーを買って、手渡しながら彼の隣に座った。
三上も頭に冷えたその缶を当てながら、小さくサンキュ、と。
空気が和らいだのが判った。

「っていうかさ」
缶をぶらぶらさせながらの三上の言葉、何となく予想がついている。
「今時手紙なんて書かないだろ」
「・・・・・・・・メールも携帯もありますもんね。そう思いました、俺も」
「日本語の衰退とこの若者達の実態を嘆かわしく思ってんだろぅなあの臨採」
別にこれといった、細かい指定は確かに、無い。
だからこそ規定外で難しい。自分の言葉でしか答えられない。ついでに字にすると、何だか照れる。
想いを伝えるって。どうよ。
「・・・難しい顔してる」
「苦手なんですよ。課題について書くならともかく」
「そんな深くは考えないでいいと思うけど?」
そう言って、笠井の頭をぐしゃり。
何すんですか、と抵抗すれば今度はぽんぽんとあやされる。子供扱い。何だか悔しい。
そんな感情も全部お見通しなのか、三上はばぁか、といつも通りの笑みを浮かべる。

「単純なもんでいいんじゃねぇの」

それでも声は、静かに染み入ってくる、そんな。
周期的な優しいテンポも声もとてもとても心地良くて、笠井は目を瞑る。
何だか思い出す。
例えば教室での苛立ちをフィールドを走り抜ける事で発散させたり、確信めいたフィードがそのまま決められた軌跡の様にゴールまで繋がっていく、身震いじみた胸から湧き上がってくる感情。
そんなものに良く似た。
目を瞑って言葉を捜した。三上の声が、気持ち良かった。

「例えば自分が仕掛けたオフサイドが初めて綺麗に決まったり」

「間髪入れないカウンターの、その正確なフィードで試合の流れを持ち込んで」

「結果、大きい背番号ってもユニフォーム。初めて貰ったその時とか」

え。とか思った時には、もう。
三上は立ち上がり、そんな気持ちでも良いんじゃねぇの。と言って笑った。
「―――三上先輩!」
今日久しぶりに一軍と控え混合の紅白戦をやり。
その結果、練習後に呼び出されて監督から手渡された白と黒。
同室でエースで親友の、藤代にしかまだ話してなかった筈なのに。
呼びかければ三上は知ってるよ、と。
皆、知っているよと言ってくれた。
お前の頑張り、ちゃんと皆見ていたよ、なんて。言うかの様に笑った。

「おめでとう」

想いを、伝えて。
満足したのか、三上はもう振り返らずに階段を軽い歩調で上がっていく。トントントン、遠ざかって行くそんなテンポだけが談話室に残されて。
笠井一人だけが、それを聞く。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・うわぁ」
今度は笠井がソファに凭れこむ番。顔をいくら押さえても、にやけてしまう表情は熱持つ頬は止められない。わーわーわー、なんて一人で勝手に盛り上がった。馬鹿みたいだ。
ぐるぐる廻る頭の中、それでも確信めいた思いは一つだけあった。
それだけは胸張って言える事だから、何だか嬉しかった。

「大好き」

サッカーがこの学校が、自分の周りの全ての人が。
馬鹿みたいに単純に、それでも確かにそう思った感情。それは。多分、本当のものだから。

黒ずんだ便箋に今度は真っ直ぐ、書ける気がした。





ラブレターを書いてきて下さい。
そう言って穏やかに笑んだあの臨採教師に胸張って渡せる、そんな気がした。




@だいすきなんだ。みんなみんな。


このぐらいの距離感が好きです。


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送