寝付けないから、と彼は笑った。





もう丑三つも過ぎた頃、聞えるのは虫達の鳴き声それと縁側から少し離れて耳を澄ませれば眠れる狼共の鼓動。振り被る宵の闇を切り裂く切先には何故か水滴が見えた。木刀に染み込む事無く、それは軌跡を辿って空へと還る。
素振りは終わりを知らない。厠から帰る道、涼みついでに通った中庭。寝巻き一枚ではうす寒い、軋む縁側に三上が腰を下ろしてから、もう何刻経っただろう。
身体がぶる、と震えて。
誤魔化し気分で出るのはただの言葉だ。
「・・・笠井」
木刀片手に闇に裸足で佇む、まだ幼さの面影も伝うその横顔に。如何を、と問うてから三上はこれまで口を閉ざしてきた。
答えとして返してきた穏やかな笑みも中途にぽつり、と漏らした一言も。三上にとっては酷く合点が行く物であり、寝起きは悪くとも寝付きは酷く良い自分がもう数度厠への散歩を楽しむ羽目になったその理由とそれは多分同様である事を。知っているのだ。
「笠井」
其処に落ち着いた三上にまた笑みを重ねて、素振りを始めた彼の表情は、何時も通りの物であった。
流れる汗など露程気にしない一心な姿は素直に綺麗だと思った。
数度の呼びかけの後、笠井は切先を降ろしてそして。倒れこむ様に縁側へと足を進め、ひんやりともする木目に顔を当てた。
「・・・馬鹿じゃねぇの」
「かもしれません・・・疲れ、ました・・・」
「千は越しただろう。過度の鍛練は毒なだけだ。・・・おら、こんなに熱を持っている」
三上の言う通り、酷く肩は熱かった。ただ全身が纏う火照る空気は酷く心地良く、昂ぶっていた笠井の内面を逆に冷ましてくれそうな気すらする。
笠井は寝転んだまま。
張り詰めさせていた気を破綻させ、ぼんやりと隣に居る彼の名を呼んだ。
「・・・三上さん」
振り向きもせず、彼は少しだけ笑った様だった。
「隊士は自分が慕う、その組長に似ると言う」
「・・・え・・・?」
「一番隊所属なだけあるな。沖田先生に、お前は良く似てるよ。・・・笠井」
遠きを見得るは思慕の憧憬の、それ共まだ見ぬ朝焼けに思いを馳せてか。
視野の外の自分の存在、笠井は酷く軽さを感じずにはいられない。
口元に浮かぶのは自嘲めいた嘲りの。
「人の事言えるんですか?」
「・・・何が」
「うちの隊まで聞え届いてますよ。副長方側付の第二の土方。・・・三上、亮」
言葉には力が有ると言う。
それが名前ならば、尚更に、だ。
言霊を身体に刻みつけ、お互いを真っ向に捉え。ともすれば今にも斬り合いにすらなりそうな空気を纏い、しばしの時間を流した。
時は元治。
長い夜の様に思えた。
気付けば虫音に混ざる鳥の声。
「今日は」
「・・・あん?」
「今日は、晴れるそうです」
昨日蜘蛛の巣に雨粒がありましたから。
そう言って彼は笑った。
だから三上は。

「・・・そうか」
そう言って笑うしかなかった。

空は続く、そう遠い長州の地。
もう朝焼けを拝んでいるのかと思いながら、三上はまだ暗い京の空を見る。
それでも何処かで鳥の声がした。
嘆きの声に、酷く似ていた。
「・・・討ち入り日和か」
「そうですね」
「―――・・・なぁ、笠井」
出来るだけ何気ない事の様にゆっくりと、言った。

一緒に死のうと。
言えるような時代じゃなかった。
時は元治元年の、新撰組の長い一日の始まりの日。
明らんできた遠くの空。

「酒、をな」
「・・・はい」
「この間原田先生からお裾分け頂いたんだ。随分いい物らしい。皆で飲もう、とこの前決めた」
「はい」
「お前も来い。明日の夜、この縁側で」

穏やかに生きる事など決して知らなかった。
けれど知ったかぶりも時には悪くないと、思いたかった。
思う事くらい、許してもらいたかった。
少しの沈黙、あんなに耳障りだった虫の声も聞こえない。
笠井は起こした身体をもう一度倒し、古びた屋根を真っ直ぐに見ながら。

「・・・はい・・・」

答えた。
噛み締めた、声だった。



空が皓から蒼へと映り往く。
赤らんだ紅の朝焼けが、酷く一瞬、輝き消えた。
後に池田屋事変と人は呼んだ、長い一日の朝が、明ける。






そして二人、また同じ時間を共有出来るそんな夢現など。
口にしないまま、信じてなど居なかった。











@約束は果たされないから。絶対などと、いえないから。


キリ番、新撰組三笠。(本当は沖田笠井に土方三上)
やりたいほうだいでした。たたたたのしかったー!



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