学校の中じゃ先輩後輩。
 不文律になっていた暗黙のそれは決して自己保身なんかじゃなく、まるでその逆のお互いの思いやりから生まれてた。
 だから階段を上って馴染み無い一学年上の教室、ひょこりと顔を出して辞書を笠井が借りに来たのはそういえば珍しい出来事だった。




「間宮のクラスも担当教師違う、おんなじ古文だし。そんで他の、仲いい奴固まってるクラスがよりによって合同体育でそっくり居なかったんですよね。助かりました」
 にこりと笑った後輩は、一時間後律儀に駆け足でやってきた。
 手には教科書や資料集も持っている事から、恐らくはこの上の階の視聴覚室辺りに次の時間は移動なのだろう。ぺこりと下がった頭が戻った時、丁度隠れていた手元がまた見えて。気紛れに、ひょいと三上は目に付いたそれを取り上げる。
「あ」
「何これ新製品?見た事ねぇパッケージ」
「…こないだからCMやってますよ多分。朝のコンビニにラス一であったから、この後ビデオ見ながらこっそり食べようかって―――…ってちょっと!何、封開けてんですか!」
 にやり、と笑いながら三上は早々にポッキーを口にしっかり咥えて、笠井の額をとん、と押す。
「辞書のお礼」
「…ありがとうございましたっていってんじゃないですか…」
「助かったんだよなー?先輩のおかげでー?良かったなー?」
「………よろしければ貰ってやってくださいでございますよ…!」
 ぎりぎりぎり。
 背中にそんな擬音を背負った可愛い後輩、笠井の頭をくしゃりと三上は撫ぜて。いただきますと言う。笠井は一度ぶうと頬を膨らませて、そうして不意に、ふ、と笑って。うんと頷いた。
 ありがとうは言わずに、そうしてすぐに二人は離れていく。かつあげタレ目!なんて微妙な罵詈雑言を叫びながら笠井は駆け出して、んだとお前後の練習覚えてろよーっ!と三上も廊下で返して、クラスの所々で微笑ましさから嫌じゃない笑いが生まれて。三上の掌には辞書とポッキーが残る。抱えたまま席に戻れば、近藤と中西がにやにやと笑って、待っていた。けれど何も言わなかった。だから三上も、何も言わなかった。
 近藤も中西も、勿論三上も。辞書なんてロッカーの中に何時でも眠っている。持って帰った事など一度も無い。それは長年誰かしら人が住み続ける、寮という場所の特殊な空間の些細な特権だ。
 ついうっかり。
 笠井はそう言って笑ってやってきた。三上でも食べれるビター味。チャイムが鳴り響いても口の中にまだ残る、授業中に盗み食いなんて藤代じゃあるまいしと思って、さっさと無くした。
 苦味は何処か遠く感じて、消えない甘さに三上も少し、笑う。


 貰うとやっぱり、嬉しいよなぁ。
 そんな呟きは少し離れた席、喋った事も無いクラスメイトから漏れたもの。話の流れなどお構いなしに伝え聞いたから、全容など知らなくても、何となく判る今日という日はやっぱり特別なのだろう。
 封の開いたポッキーは一日中、不思議なもので中身は減らなかった。軽い声でくれと言われてもやらなかった。珍しい、三上がチョコ食ってるよ。なんて声もあっさりと聞き流したら、気づけば一日頬が弛んでた。






@どうでもいいからわたしたかった。



隠してるからこそ、人前で。
ばればれでもそれでも、やってみたかったんだとこの後一人で笠井は呟いてます。バレンタイン。







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