腹が減ったと桐原死ねは部活後の常用語。
休日という事もあり半日で勘弁してもらったその日は皆で口を揃えて言っていた。着替えを終えてもきぃきぃ言ってる自分を捕まえて、一つ上の先輩は唐突に「そういう時はな」と遠い目をする。大人な顔をしたがる年頃、大人しく聞いてやるのが優しさであり後輩の正しい有り方だ。



「美味いもんでも食って気持ちを癒すんだ」
「・・・動物めいてますね」
「満たされたら機嫌よくなるもんなんだよ。おら行くぞ」



だからといって店は選んでほしい。
笠井のボヤキはうにだうにだと嬉しそうな三上の耳には届かない。回る寿司でも中学生には随分な奮発で、財布の中身は確認しないでも判っているくらいだ。それでも先輩後輩、プラスアルファも含めて考える。ずるずると何だかんだでその背を追うのは、笠井の立場であり甘えでもあり。言葉にすれば恥かしさも伴う、そんな気持ちの所為だった。
「・・・せめて全皿100円でって言っておいて良かった。ほんとに、良かった」
「何独り言言ってんだ。食わねぇの」
「・・・慣れてないんですよこういうの。・・・食べます、折角来たんですから。うん」
目の前をくるくる回るお寿司は色とりどりで、時にそれは手を伸ばすのを躊躇わせる。
何とか確保したお茶を啜ってちらりと隣を見れば、言う程三上の皿も無いのが不思議だった。
「あ、先輩うに来ましたように」
「・・・100円うには苦いから嫌い」
「それが食べたくて来たんじゃないっすか。・・・ほら、取りましたよ」
「うっせぇなぁ。黙っていわしでも食ってろ。おら」
勝手なもので相手の分なら手が伸びる。
争って取れば目の前はそれなりな皿の量になった。2つずつあるからそこでも争って取り合いをする。所有権を主張するならまた取ればいいのに、そんな事はしなかった。
それでも目の前に来る度にいわしに手を伸ばす三上に流石にストップを入れて、笠井は湯のみにお湯を注ぐ。安物のティバッグもそれなりな味に思えてくるのは、場所と雰囲気、それと隣にいる、誰かの存在だ。笑いながら、頼まれもしない三上の湯のみにも追加した。青味の魚は食べない三上が、頑張って挑戦してるその姿は少し。面白かった。


「・・・てか、先輩ってもしかして」


二人分を合わせると高さを誇る、皿の塔になる。
笠井が満足の溜息を付きながら口を開いたのと、三上が最後のデザートに手を伸ばしたのはほぼ同時だ。太りますよと目を細めて呟けば、嫌がらせの様に目の前に置かれる。元々甘い物嫌いだっただろう、何でケーキなんか取るんだ。噛み潰した不満は流されて、言葉の続きだけを促された。尖った口を、笠井は開く。
「知ってやってんのかなって」
「・・・何を」
「だから。今日、あの、・・・文化の日でしょ」
何の飾り気も無いシンプルと言えば聞こえのいいケーキ。
目の前にあるとつい手が出るのは貧乏性としか言い様が無い。膨れたお腹を叱咤しながら無理矢理に口へと運んでいく。手伝う気など更々無い三上の顔に、ぶつけてやりたいともちょっと思った。
素知らぬ顔で別に、というその横顔は、悔しいけどやっぱり端正だ。
「奢んねぇぞ」
「・・・言ってませんよ」
「―――でも、金は出さねぇけど、言ってほしい事くらいは、言ってやる」
甘いケーキを口に一杯頬張ったから、え?と相槌も笠井は打てずにいる。もう食べる事は一種の拷問だ。それでも一口、後一口と。続けてしまうのは何故だろう。もうしっかりと満たされてるのに、それでも、何故か。


「おめでとうくらい、言ってやるよ」


食べ終えたのは意地だった。
空になった皿を重ねて、取ってもらってありがとうございますを言う。それは多分遠回しな厭味だったのだろう。嫌な顔を素直にする三上を認めて、笠井は一つ笑って、それから。
それから素直に、ありがとうございます、を。






@おめでとう、誕生日。


那月れんネタ。寿司くってわさびが辛くて泣いちゃう笠井ってかわいいよね!(自分のじゃなきゃ)
笠井泣かしてくださいって忌憚無いおねだりをしたらあっさり答えてくれた彼女の眩しさといったら、ない。







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