その日、三上亮は傘を持っていなかった。


「・・・あー」
朝の降水確率は50%、下り坂のお天気は夜には確実に雨を齎すとは、確かに言ってはいた。練習が終わった時点ではまだセーフだったのも災いだったし、そもそもコーナーの精度が欠けてたりしなければ桐原監督から八つ当たりめいた残り練など命じられる事も、まず無かった。
三軍の連中におどおどと付き合ってもらうのは自分のそれなりに高いプライドが邪魔したし、後は片付けるからさっさと帰れ、と勢いで追い出したのは後から考えてみればかなり不味かった。広いグラウンドに広がったボールを一人で片付ける作業は随分と時間が掛かるし、何よりも。淋しい。
「・・・くそっ、何かもう付いてねぇなぁ!何て日だ!」
丁度倉庫にボール籠をしまい込み、埃と砂だらけの手を叩きながら外に出ようとした瞬間、そんな土砂降りにまで見舞われて。
朝礼台の上に放り投げておいたジャージの上着を取りにいくのもすっかり失せて、三上は入り口の扉をがん、と蹴る。指令塔の足はこんな時まで正確らしく、途端に鉄錆びと埃が凄い勢いで天井から落ちてきて。
「・・・・・・あぁ」
きっとこういう日なのだろう。
中学生離れの悟りを何だか手に入れて、三上は深い溜息を付く。良くよく考えてみれば全部理由が付いてくるのだ。同室の気遣いの傘を天気予報を信じて一蹴したのは自分だし、例え片付けがどんな時間まで延びる事になろうが、誰かの前でこんな特訓じみた行為をするのは嫌だった。
フィールドで思う様に動けなかったのは、本当に下らない嫉妬以外の何者でも無かったの、だし。
「―――笠井が格好良いのがいけねぇんだ。くそ」
紅白戦、新しいサイド攻撃の練習で、多少メンバーの入れ替えがあり、笠井はB組に入れられた。最初は藤代なんかと、一対一で負けた方がジュース奢りな、なんて笑っていた彼の、笛が鳴った瞬間のその、顔の移り変わり。
ドキリとした。
ポジション取りの上手さと視界の広さで周りをフォローし、フリーでパスが入れられない。敵にして初めて判るその存在感を、久しぶりに痛感した。何だか闇雲に焦りを感じて、自滅したのは、結局の処。自分だった。
「・・・走るか」
雨の音を聞きながら、振り返れば少しだけ冷静になれた。このまま寮まで走って帰れば、身体も冷えるけれど頭もきっと冷えるだろう。
嫉妬出来るだけの相手と、あんな格好良い奴と一緒に居るんだ。
気づいてしまえばきっと。誇らしく、思えるだろう。
「よし」
決めてしまえば、藤代に負けず劣らずの即実行派。走り出した体は水を吸い、すぐに重みを増したが気になりはしなかった。元より雨はそんなに言う程嫌いではないのだし。



「・・・・・・・・・や」
「―――帰ったんじゃ、ねぇの」
流石にそれなりな距離、寮まで走り切るのは練習後の身体には随分で。とうとう歩き出した校門前だったけど、それでも見慣れた人影を捉えたらすぐに足が動いていた。
傘と雨に顔が隠れていても、必ず判るその相手。目まで掛かったずぶ濡れの髪を上で纏めて、三上は笠井の横に自然に並んだ。笠井は黙って傘を差し出してくれるから、それは片手であっさりと辞退する。
判ってたけどね、と言って彼は笑ってタオルを差し出して、くれた。
「一回帰って荷物置いてまた戻ってきたんです。雨の散歩。そんだけ」
「・・・ふぅん」
「良ければ一緒に帰りましょうか」
体拭いたら、入っても大丈夫でしょ。
あっという間に使い物にならなくなったタオルを笠井は三上から受け取って、二枚目を代わりに渡される。準備の良さに驚いて、でも何で傘一本なの。なんて素朴な疑問を胸に抱いて、それでも口には出さずに三上は黙って。
お邪魔します、と頭を下げれば、笠井は嬉しそうに笑ったり、した。



その日、三上はついていなくて、傘まで持っていなかった。
けれど彼には笠井が居た。



そんな話だ。






@もちものは数少ないけど。でも君ひとつ、大満足。


多分うちのはなしで一番の馬鹿なのってこれなんじゃないんでしょうか。いや気に入ってるんですけどね。
雨降りは好きです。






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