本当は花束なんて柄じゃなく、今までだって買った事も送った事も、無かったんだ。


 屋上へ続く階段の踊り場ですれ違った黒髪と胸にある色とりどりの花達が背を押した、それはもう随分と昔に思える彼女の、ソラリスの残り香だ。
 魅力的で影も憂いもある大人の、贔屓目無しに彼女はいい女だった。
 初めて会った時の自然な気遣い、重ねられた優しさ。不意にではなく、噛み締める様に与えられる笑顔。唇から零れる声、僅かに見えた赤い舌先、落とされた口紅の濃いその、色。
 何時しか抱きしめる度に強く残る様になった香水は、あたしのものよとでも酷く言いたげで、くんと嗅ぐ姿を見る度何時も彼女は笑いを重ねた。

 深い笑みを思えば何時も、していたと思う。
 軍人である以上それは何処までも自分も同様の話だと、表に出した嘲笑いは付けたライターの火にあっさりと吸い込まれる。
 田舎で泥に塗れて兄弟達と走り回った時間などとうに過ぎ去り、不器用に、小さな妹の為に花冠を作ったその手で引き金を引く、その毎日。
 それでも後悔だけはしていなくて、柔らかい空気を、笑顔を。絶やさずに生きれたらと、思って頬の筋肉を緩める。それが自分の生き方だと信じて疑いもしなかった。
 それは今も、そうしてこれからも。
 遮るものの無い屋上は空の青が酷く近くて、煙草の煙がくっきりと浮かんで、そうして消える。

 彼女に最初花を贈ったのは、何の事は無い、ただの花屋の売れ残りを押し付けられた、それだけの話だった。
 お世話になった御礼の、食事の誘い。そのついで、こんなのもいいかなと思って、軽い気持ちで差し出した。ただ、それだけの。
 それだけのそれを、彼女が。



 ありがとう…。



 何だか酷く気恥ずかしそうに、彼女が俯いて受け取ったから。
 後からぽつり、そういえばこんなの貰った事なんて無かったわ、なんて、目を細めて笑うから。
 軽い財布の中身を逆さにして、気づけば何時も脇に抱えて彼女の元に、走ったんだ。


 柄じゃなくても。色んな事を騙されていても。彼女のその全てが、嘘だったとしても。
 きっとあの一言は本当だったから、それでもいいと思ったんだ。

 自分の今の状態を、全て彼女が引き起こしたんだとしても、それでもいいと、強がりでは無く思うんだ。



 煙草の煙がつんと鼻に来て、軽く啜って、また煙を吐き出した。その繰り返し。そろそろ部屋に戻らなければお小言を食らうだろう自覚はあったので、これを最後の一本だと決めて、そうして気がついた。
 そういえば彼女の前で煙草を吸った事は一度も無かったその事に、初めて気がついた。






@それだけ好きだったんだと、はじめて。




そんなにも好きだったんだと、気がついた。


ハボソラはいいよね、ねぇ那月の。(中央の紳士面でひとつ)







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