口を開くタイミングを計っていた。
 零れ出る声の軽快さも、その音量も何気なさも。表情の一つひとつ、細まる目尻も口元の歪みも。
 多分、沢山のものを言葉以上に与えてしまうと判っていたから、随分と苦労して、口にした。



 生きている、だけでいい。
 あの一瞬本気で思ったそれなのに、こうして白いシーツと清潔感溢れる毛布に包まれてしまえば、人間とは幾らでも欲深くなれる生き物なのだろう。
 軍人として自分の思考は常々大概不遜なものであったと自覚はしてたが、例え軍人失格でも、それでも、健全なものだと信じたい。生きてるだけでいい。そんな嘘は、つけやしないのだ。
「一抜けさせてもらいます」
 煙草を吸う為に、火をつけるだけの指先の神経と力。煙草を支える為の指の存在。それさえあれば、生きていける。
 味わう為の口、触感、それに味覚も。吐き出した煙の白さを見留める視覚、上手く作れた煙のわっかを、褒めえる程度の余裕。そんなものも。あったらいい。
 向けられる四つの目、驚愕や狼狽、込められた感情を確実に掬い取る聡さなんて。そんなものは無くしたって、まるで。良かった。


 不遜な上司のこの強い目を、受け止められるだけの目と、意思と。
 彼女と共に並ぶ、並べる事を誇りとした、経験を刻み込んできたこの腕一つ。
 それさえあればいいと思ってた。
 それさえあれば、生きていけると。思ってたのは、確かだったから。





「感覚が無いんスよ」

 思った事も無かった事実を、上手く口に出来たかは。だから、判らなかった。判れは、しなかった。





「…リタイヤっ、ス」


愚かさは喉元に置いてきぼりにして、何時かいつか飲み込める日を遠く夢見て、今はただ決めていた「台詞」を口にして。






@さいごにあなたに、できること。


あの時はただただ、生きていてと願っていて。
生き延びて、それだけでいいとそれでも思えないのが自分でした。

両手を上げて大喜びはしないけど、出来ないけど。
今其処に居る事実に感謝の祈りを、貴方の笑顔に心情に、黙ってそっと、敬礼を送りたい。







SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送