「誰かの家になりたい」
器用にわっかを作りながら根岸はそう言った。それは色とりどりの。




文化祭、サッカー部は親善試合めいたものがあるだけだった。
けれどそこは名門校、たった一試合の間にそれなりの人垣が出来るのは例年の事で、部室や設備の整ったグラウンドもその足の見学対象に入るのだ。夏休み明けで引継ぎも済んだこの時期、武蔵森サッカー部は年に一度の大掃除をする。それはパターンで。
「何だそれ。夢はお嫁さんとか、そんな事?」
根岸の唐突なそんな言葉に、椅子の上からくしゃりと近藤が笑った。折り紙で作った色とりどりのわっかをドアの前に貼り付ける係りだ。椅子を支えてる大森がふざけて揺らせば、本当に焦った声を近藤は上げた。落ちそうになる。
一頻り皆で笑って、根岸はまた話を戻す。それは多分、説明や補足、そんなものでは無く。例えば自分に言い聞かす、そんな印象だけを中西に与えた。
「違うよ。誰かと家にいるような気持ちになりたい。そんな気持ちを与えたい。ただそんだけ」
「・・・迎えいれ、か?」
「そう。例えば今俺らがやってる、この歓迎の用意のような」
付属への進学が決まっている者の引退は冬だった。だから秋も初めの今ごろは、まだ、自分達三年にもやる事がある。やるべき練習も、上に進む為の重ねる努力も。けれど今は、根岸も中西も部屋の飾りを作る。ノリが指先について、そろそろガサガサしていた。
「優しい気持ちに憧れる。自然と顔が緩む、そんなのに。・・・最近よく、そう思うんだ」
何かを残してやりたいと、思うのは何時も別れの前の後悔だ。
強制でも義務でもないこんな飾り付けや部室の掃除に、気付けば何時もの三年メンバーは全員揃っていた。ちまちまとわっかやティッシュの花を作りながら、変わりやすい話題の中で、確か、将来の。話をしていた。
話しながら、根岸はちらり、視線をずらす。
追いかければ、頑ななロッカーの扉を蹴り飛ばしてでも開けようと、歯を向く三上がそこに居た。
「・・・なぁ、そういや渋沢は?」
「笠井に引っ張られて親善試合の流れとか確認しあってる。新米キャプテンだけど、新米なりに、頑張ってる感じだぜ」
「そっか。・・・うん、そっか」
閉じて開いて、ティッシュの花はまた一つ完成する。
話しながらも隣に座る根岸の手は休まらない。一息入れながら、中西はその器用な手先をぼんやりと見遣った。赤、青、黄色、色とりどりのわっかが生まれる。
誰かの帰る家になりたい。
根岸の言っている事は、そういう事なのかと思う。
「―――可愛い奥さんと、白い家に住むんだ。サッカーやって帰ってくると、庭の手入れしながら手を振ってくれる。大きな犬も飼おう。猫もいいな。皆が遊びに来れるような、大きな白い家に住む」
「・・・入りびたりそうだな。何か。居心地良さそう」
「別にいいよ、辰巳。迎えいれてあげるから。おいでおいで」
気付いたら発展している会話に、ぼんやりしていた中西の入る隙間は何処にも無い。花を作るのはそろそろ止めてみた。椅子を降りて、最後のわっかを受け取りにきた近藤に溜め込んだ花々を全部押し付ける。何処に飾る気だこんな量!なんて叫び声は聞こえないふりだった。
胸に急に込み上げてきた苛立ちに耐え切れなくて顔を上げる。
三上と目が合ったのは、多分だから、偶然だ。
お互いに一瞬だけ驚いて、でもすぐに共犯者の目をして小さく笑った。
誰かの帰る家に、彼はなりたい。



ぺちとかそんな音じゃない。
男なら拳で、それも思い切り良く、いこうじゃないかだ。



「―――――いったーぅ!!!」
酷くいい音と手応え、掌をひらひらさせながら三上も中西も、にんまり笑う。
「ざまぁ」
「・・・殴ったこっちも痛いって、何だ。この石頭め」
「てか何だお前等唐突に!何のイジメだよーっ!げんこつ!」
両手で頭を押さえてふるふる震えて。声に勢いの無い悪態から見ても、本当に痛かったんだろうなとは思う。大森が心配そうに頭を撫ぜてやるものの、たんこぶだけじゃ済まなかったのか、触られるだけで根岸は飛び跳ねたりしている。忙しい。
「ばーか。冷やしとけよ」
「・・・三上、その言い草はないんじゃないか。せめて一言謝って」
「うっせぇ黙れ鈍感。でくのぼうには発言権は無い。バーカバーカ」
八つ当たりを辰巳にまでして三上は部室を出て行ってしまう。残された辰巳は何も言えずに、何だか可哀相にもなった。でもそういう性格なんだからしょうがないなと。中西も思う。
素直じゃねぇなあ。
高田の笑いを含んだそんな言葉に、今度は中西も素直に笑った。


「そろそろグラウンド行くか」
文化祭前日といっても、放課後はいつも通りの練習だ。折り紙やハサミは渋沢のロッカーに(無断で)放り込み、適当に片付けて皆それぞれ立ち上がる。
振り返って中西が眺めれば、色とりどりの飾りつけは思ったより綺麗だった。
何時もの汚い、荒れている。何時もの部室の面影は欠片も無かった。
「・・・帰る家になりたい」
「ん?中西、何か言ったか?」
「・・・別に」
伝えたいなら大きな声で言う。だから呟きはいつも形にならずにいた。
ただ部屋を出る、それだけの事で。生まれるざわめきと自然心地良い空気の中で、もう一度振り返れば根岸が丁度出てくる所だった。最後に。
彼もまた同じような顔をしていて、何だか可笑しくて、そしてまた少し。腹が立った。
帰る、家に。
「根岸」
呼びかけると、彼は素直に顔を向ける。その淀みなさ。それは何時もの、代わり映えの無い根岸靖人。
迷い子の顔をしている彼は、中西の頭の中だけに居た。
勘違いを悟るのは一瞬の事で、殴ってごめんと、言葉が出たのは無意識だった。そんな中西を、根岸は笑った。


「部室やおまえらと過ごした空気、そんなような、優しいものになりたい」


お前達が居たからなんだと、根岸は笑った。
中西は覚悟を決めて目を瞑る。この辺はどうしてお互い、長い付き合い。ただでは起きない。歯を食いしばったその瞬間の、絶妙すぎる腹へのカウンターは実際の話、吐くかと思った。
ざまぁ、なんて声は少し遠くに聞こえたり、する。
「さぁって、次は三上の野郎だ!覚悟してろよこんちくしゃうめ!」
腕をぶんぶん振り回し、叩きのめす準備に精を出すその後ろ姿を、咳き込みながら中西は見送る。
迷いの無さやその背の真っ直ぐさ。
照れもせずに恥かしい事を言える天然質、変わらない事に安堵を自然、覚えてしまう。
少し小走りに、中西は前を行く。隣に並ぶのは容易かった。
「・・・そうか」
「―――ん?何か言った中西、言っとくけど止めても無駄だよ俺は三上を殴るよ」
「いや止めないから。安心しろ」
スナップの効いてるジャブは痛そうで、遠くに見える彼の人物に心の中で手を合わす。同じムジナだ。互いの痣を傷あとを、見合って笑おう。そう思う。
駆け出す根岸の後ろ姿を、今度は目を細めて、中西は眺めた。



変わらないこんな空気をとても愛しく思うし、何時までもこうしてありたいと思う。
要約すればそれは多分。家のような。






@立ち止まり、ふりかえり、思い出す。暖かなもの。


根岸靖人はこんな感じです。天然、いじめられっこ、でもただじゃおきないこ。
この年代独特の心地よい空気を、惜しむんじゃなく前に繋げられる、稀有なひと。

書いて好きになるって珍しいけど、やぅtぱりあるんだなあと思いました。うん。
なつきのに捧げたっよ。









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