自分が主人公でなんぼの人生。
それにしたって盛り上がり過ぎなんじゃないかと台風の中、傘も差さずに男らしく逆風に向かって歩く笠井は一人そんな駄目出しを虚空に向かって入れていた。





風には既に砂や土だけじゃなく、緑も眩しい葉っぱや小枝も混ざり始めている。
本州上陸と言えども笠井達が住んでる関東は進路の端っこを掠める程度だ。屋根も飛ばされもしないし窓ガラスも外れない。驚異的な災害としての、そんな根本的な心配も無いからこそ、何の準備もしない。それが買出し当番としてハズレを引いた笠井の、今の泥ネズミとしか言い様のない判り易い結果の姿だ。
雨はもう冷たいというより痛さを感じる域だった。何処かから飛んできたのだろう、正面からずるずる風に流されてくるダンボールを笠井は無言で踏みつけて通り過ぎた。くっきりと残った足跡。スニーカーはもう随分雨を吸い込んで、これはいい足腰の鍛錬だよ!と一人でガッツポーズをしたりもした。人間ある程度を超えると何だか笑いたくなったりするものだから。

傘はもう随分前に折り畳んで肩に掛ける事にしている。両手にビニール袋を持っている所為もあるけど、何より差し続ける元気も無い。
寮で借りてきた共同のものだから壊すのはやっぱり不味いし。そんな誰に向けるでもない言い訳をぶつぶつ繰り返しながら、笠井の身体全部で守ってみせてる、青い傘。
車道にふと目をやればまるで川の様だった。風が吹く度に小波が起こって、端に出来た水溜りがますます存在を大きくしていく。相変わらずな土砂降りがもう二時間も続いてしまえば、きっと海と呼んでもよくなるだろう道路。飛び込んでやろうかと捨て鉢な頭は半ば本気で手足に指令を出しもしたが、買い出して来た台風非常食達が最後の理性を引き止めてくれた。
食べ物とサッカーが絡むと大概大人気無い人たちの住まう松葉寮は、もう少し。大人しく無事な姿で、無事な餌を運ぶのが自分の指令だ。それはまた随分可愛くない雛たちだなぁ。ずぶ濡れな頭でそう考えて笑えば、丁度ほっぺに葉っぱがくっついた。何だか怖かったのでそこから先は黙々と歩いた。


台風。
実を言えば、ただ耳にするだけで酷くワクワクしたその単語。
藤代の様に窓にへばりついて一人大騒ぎするのは苦手でキャラじゃないから。クールなふりして溜息ついて、ほらジャンケンするよ、と促しながらこっそり横目で窓を叩きつける雨を見るのが精一杯の譲歩だった。そんな無意識で出したチョキ。最初はグーは暗黙の了解、そうして送り出された暴風雨。本当は最初から、傘なんて閉じたままだったんだ。


一人きりなら自分が主人公。そう思って笑顔で走り出した雨の中。痛みなんて感じなかったのは片道だけで、気付けば今の重い身体とその足取り。それは水を十二分に吸い込んだ服の所為だけじゃ、決して無かった。
行きの心地良さは多分背中を押した風にもある。自分の意志以外でぐいぐいと進んでいくのは面白かった。人がまるで居ない道路を思い切り走り回るのも気持ち良くて。楽しかった、筈なのに。
(…振り向いちゃうなんて、馬鹿だ)
大笑いした後、横を向いて相槌を待った。叩くべき肩を。柔らかい苦笑を。知らず、探して。馬鹿みたいだと思って、俯いてそれから一人、無言で歩いた。


曲がり角を俯いて曲がれば脱走防止にそれなりに高さを保っている塀と、古めかしい馴染みの入り口が目に入る。雨に打たれ過ぎたのか街灯はちかちかと瞬いてばかりでその役目をろくに果たしていない。へ、と変な笑いをする前に自分をこっそりと顧みた。両手の荷物と背中の傘。後はずぶ濡れの自分の身。とりあえず寮のおばちゃんに嫌な顔されるのは間違い無しだが、きちんと買出しはこなして来た。帰る理由、帰れるだけの理由。胸を掻き毟る訳は知らなくとも、似た気持ちには覚えがある。
「…祭りの後、みたいなもんなんだ」
薄暗い街灯はもはや仕事を放棄したようだ。足元に居る人間一人すら映し出さない、その顔も判らないもどかしさに笠井は足を速める。また葉っぱが顔を掠めた。風を、受けたのは動き出した体の所為か嵐の所為か。どちらでもきっと構わなかった。
青い傘は寮共用。背を向けて立っている、その肩の色がはっきり違うのも判った。長い間ではなのだろうけれど、待っていてくれたという事も。
また俯いたのは、小枝が顔に当たったからと笠井は一人、言い訳をした。


少し考えさせて下さいと。
一つだけの試合用の腕章を受け取りながら、それでもそう続けたのは多分、違う言葉が口に出そうになったのを止める為。
「…ずっと皆でやってたいよ」
叩きつける雨音に足元をごろごろ転がっていくバケツ。耳に痛い風。嘆息を吸い込んでくれるものは、幾らでもあった。
台風が明ければもう夏だ。同時に世代交代、チームの変換の時期だった。頼めないか、とキャプテンマークを差し出した渋沢の顔。今でもはっきりと思い出せる。そしてきっとこれからも、忘れる事も無いんだろう。



「笠井」
呼び掛けの声が消されるくらい、雨風は未だその猛威を振るっていた。おしまいは見えない。ずぶ濡れた頭で、身体で考えた結論はたった一つで。それはいつもと同じで、後から思い返して実際には呆れたものだった。
負けるもんか。負けるもんか。・・・今はまだ。
夏はまだ、始まりもしていない。そんなわくわくした筈の台風一過。泣き顔は全部雨の所為にしておいて、いつか別れるだろう彼の彼らの胸に黙って今は飛び込んだ。




@夏の始まり。終わりはいらないよ。


ナウローディングの続き、という訳じゃないけれど。なんとなくこっちは後輩サイドで。
任された期待と後ろ押し、嬉しさ。でも同時に渡された別れの、前触れ。
めめしくったって、馬鹿みたいだって、ひとりの時くらい。皆の前じゃ、言わないから。だから、言わせてほしいロバの耳。いっしょにいたいんだ。





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