明日からはサッカー無しの二泊三日。
そんな不自然な現実に意味も無く苦笑しながら、日頃の几帳面さから早々に荷物が詰め終わったその足で飲み物でもとふと足を運んだ談話室。自販機前でばったり笠井と出くわして、談笑めいた空気に二人の間に流れてたのは穏やかさ。
人の気持ちに聡い笠井は、気遣い屋の渋沢と自然にウマが合う。意識して話している訳でも無いけど、決して過剰にならない踏み込み加減と柔らかな会話は気持ちが良かった。何でもない事柄なのに、自然と笑顔が耐えなくて。思ったより足止めを食らった談話室。TV前のソファに陣取り、一人黙々トランプを並べていた筈の間宮が気付けば明日の天気は晴れと、頼れる結果を出した、そんな頃だった。


暗雲立ち込めるとは、多分こんな事を言うのだと思った。


「・・・・・・・・ふぅん。」
浮かべてた笑みはそのままの笠井の背中に有りもしない雨雲が見えたのは、確かに渋沢の気のせいなのだけれど。落雷間近の、確かに怒っていると思しき後輩の、その原因は、それでも気付く事も思い出す事も渋沢には出来ずにいる。
さっきまでは普通に会話をしていた。談笑めいて。明日からコート何だか広そうっすね、たまにはいいんじゃないか自分達の天下になって、ってあははじゃあ仕切ってみましょうかな試しに。何一つ特別な事など言ってない。何でもない会話だと思う。笑いながらの。こんな風に額に青筋を立てられる謂れなんて、何処にもないと、今だって渋沢も思える。自信持ってとは、それでも言えないのは温厚さが普段は売りのこの後輩の頬の引き攣りの所為他ならず。
別にいいんですけど。全然よくない顔と背中のオーラ。戸頃彼処に怒りの深さが窺えた。
おろおろと名前を呼びかけてもあっさりと無視されて、笠井はまたにっこりと笑う。フリーズドライは一瞬の、乾ききったまんてんのほほえみ。
「・・・そんなに楽しみなんだったら、良かったですね」
失礼します。いってらっしゃい。笠井、滅多ないけど怒ると超怖いんだよ、チョー。
言われて踵を返された後ろ姿に、椅子に座ってぐるぐる愚痴を言い回ってた親友の姿と言葉が重なった。ああそうだなと心の中で頷きながら、それでも超って言うなと一人思うのは元々の性質の口煩さ。
何だかどっと疲れた気分で、渋沢は自販機に凭れ込む。耳へと直接伝わるのは缶を冷やす為に終始稼動の微かな機械音。周期的に断続的に続く音は酷く心音に似ているから、人を安心させると誰かが確か、言っていたと思う。思い出す事は出来ても、安心する余裕なんて今の渋沢にはさっぱり無かったけれど。
何でこんな事になったんだろうと交わした会話の一つ一つを思い出すので精一杯だった。
酷い勢いで閉められた筈のドアがかちゃりと開いたのも気付かずに、ぽん、と肩を軽く叩かれただけで冷静沈着頼れるキャプテンらしからず、ぎゃあ!と飛び上がってしまう程度には渋沢はしっかり焦っていた。
「・・・何だそれ」
向けられる聞き慣れた友人の声。安堵の息は、心底だ。
「あ、ああ三上か・・・笠井かと思った」
「・・・何でそんな怯えた目ぇ、してんのかしんねーけど。笠井ならさっき階段で擦れ違い様に思いっきり睨みつけて馬―鹿!って罵っていってくれたぜ。・・・いい度胸だあのクソガキ。やるじゃねえか。なあ」
同意を求められても何も返してやれない不甲斐なさを噛み締めつつ、渋沢に出来るのは相変わらずに肩を落とし続けるくらい。反応の薄い親友に三上が首を傾げる前に、その隣の近藤がよしよしと頭を撫ぜてごく自然に自販機の前からどかしてくれた。
「・・・何やったんだか知らないけどさ。旅行行く前に謝っとけ、な?」
間を置くと厄介だから。
そんな言葉とガシャン、なんてアルミの缶が落ちる音。のろのろと渋沢が顔を上げれば、苦笑している高田と大森の顔も見えた。息抜きと称して飲み物でも買いにきたのだろう。部屋の整理も苦手な根岸と辰巳が居ない事実が、何だか嫌にリアルな感じだ。
ぼんやり缶を抱える彼らの姿を見つめていると、唐突に目の前に差し出される冷たさ。金は貰うぞ。そんな声と食えない笑みは、いつも通りの態度だった。連帯責任は体育会系の基本。サンキュ、と言って渋沢も缶を受け取る。見慣れたポカリの青いそれ。



「・・・とはいっても、俺も全然心当たりが無いんだ。笠井と、普通に話してただけなんだけど」
「これが藤代とかだったら判るけどよー。理不尽に怒るタイプじゃないもんなー・・・しかもあんだけ目を据わらせてなんて。俺一人なら意味も無く謝ってたかもしんね。怖いよ笠井。怖かったよ笠井」
「俺もさっき擦れ違ったけど無視されたぞ。おっすって手を挙げたの見てから明らかに不自然に道変えられたもん。・・・・結構傷付くぞアレ。俺だからいいけど、辰巳なんて泣くぞ。きっと」
何時の間にかふらふらと談話室に辿り着いた中西も合わせて始められた、武蔵森サッカー部一軍会議。過半数の意見が揃えば決議されるそれは基本的には数の暴力で、主にはパシリ決めや可愛い後輩への嫌がらせに用いられるのだけど、今回の件に関しては未だかつて無い真剣さで行われている。ただ一つの難と言えば話がちっとも解決しないという事だけで。
進んでいくのは喉の潤しばかりで、渡されたポカリはもう気付けば空だった。流した汗の分だけ体が欲しがっている水分。じっとりと、背に湿り気を渋沢は感じている。それは試合後の気持ち良さとはまるで違う、脂じみた。
渋沢の、自分でも思い出せない他愛も無い会話の繰り返し。もう確かこれで三度目かになる。
「修学旅行で俺たちいなくなるなんてもう今更な話で当たり前だし。・・・居ない間の練習メニューだって別にどうこうって訳じゃないんだろ?新しいシステムと二年重視のポジション試せるいい機会って、オッサン嬉しそうに言ってたし」
「・・・桐原監督、笠井にライン任せるつもりなんだよな。キャプは藤代にさせるかもしんないけど・・・何だかんだ、レギュラー経験あるあいつらが中心になってくんだから」
「三日間。・・・三日間、だけだけど。多分、戻ってきた時、変な感じするんだろうな。きっと」
武蔵森の修学旅行は春の大会が終わった、その後にある。
通り過ぎれば夏は目の前で、それが終われば自然と足は違う所へ向かう。主だった者は別校舎のグラウンドに事前合流なんて形なのだが、それでもこのチームでこのメンバーで。居られる時間は、指折り過ぎて。
ふと渋沢は一年前を思い出す。それは確か、次期キャプテンを指名されたのも同じ頃。
言われた言葉はこんなにも鮮明に脳裏へと蘇る。なのに何故か、肩に手を置いた彼の表情。思い出せずに喉元にちくり、刺さった。
託された信頼と伝統、誇らしさ。はい、と応えた。受け止めて。でも確か、思い出せば、胸の奥で少し痛んだ言葉にならなかった気持ち。
思い出すと、笠井の笑顔が何故か被った。無理に作った顔。あの時、自分も確か笑ったから。


ぺらり、捲れる音。重ねられた呟きは聞き落とせなかった。馬鹿め。


「・・・・・・・・・・・・・先輩に対して、いい根性じゃねえか。間宮」
苦手苦手という割にも食って掛かられたらキチンと返す。それは三上だけに限らない、上級生としてのせめてもの虚勢。
実際の話先住権は元々にあったものの、静かにソファで占いをしていた間宮の存在はあっさりと無視を決め込まれていた。たまに聞こえたカードの切れる音が気にならないでもなかったけど、間宮は空気に溶け込む様に気配を消せる人間だ。だから皆気にしてなかったし、多分向こうも気にしていなかった。元々他人の事など気にしない性格の中、割合としてはほんと僅かなものなのだろうけど。三年だけの集まりから離れた微かな距離と気遣いは、気付いてしまえばくすぐったい。
聡い一部の笑いから目を逸らすかの様に、間宮はもう一度馬鹿ばっかめと悪態をついた。
「ったく、笠井も間宮もおまえらは・・・馬鹿馬鹿言うのは俺たち居なくなってからにすりゃーいーだろーが。二年の天下なんだから」
「そうそう。代わりに一年説教して。自分達のチームにしちゃってよ」
あはは、と笑う声は後輩の一睨みであっさりと黙り込む。
元々の目つきの悪さで判り難いけれど、本気で怒る事は少ない間宮。睨むつけてくる彼と張り付いた笑みで怒った笠井は、全然似てはいないのに何故か重なる。まだぼんやりとしか渋沢は判っていないけど、それは同じ理由が胸にあるから、なのだとは判る。
皆が口を閉ざした所為で沈黙が落ちた部屋にまたカードの捲れる音が小さく響いて。表になったカードはスペードのエース。それが何の意味を示すのかなんて、勿論間宮以外はさっぱりだ。


「・・・修学旅行なんていかなければ、いい」
言葉尻は飲み込まれて、聞き落としそうで見えなくなりそうで。
・・・もう、数えるだけなんだから。
意味を取り溢しそうになるのは、自分達の天下になったその時の解放感とあまりに違う所為以外、無い。


「まみやーもー照れちゃってー!可愛いなー!」
「・・・うるさい」
「うん、否定しないところがまた可愛いなー。この無表情が。このこの」
大森と高田。渋沢が藤代を、三上が笠井を可愛がる様に、彼らのお気に入りはこの後輩だ。二人掛かりでもみくちゃにされながら無表情をそれでも突き通す間宮を、他のメンツは間違っても可愛いなんて言えないが、二人の嬉しそうな表情が微笑ましいので良しとした。てゆうか流した。
明日の天気が晴れる様に、お告げの様に。トランプなんかの占いから生まれた訳じゃない彼らの本音を、渋沢は噛み締める。慣れたくなんかないんだ。向けられたまんてんの微笑みの奥、多分、誰にも見せないだろうけど歯を食いしばって堪えた涙があった。
たった三日間、大袈裟なと皆で一頻り笑う。談話室。ポカリの缶を手持ち無沙汰にぺこぺこ潰して、分散させる気持ちもまた、告げる必要は無いのだろう。
誇らしさ、自惚れ、それは可愛げの欠片。
いい加減時間が立ちすぎていた、気付けば時計の針はぐるりと一周。不審と心配ごちゃまぜにして、何やってんのとドアからひょっこり膨れた顔を出した根岸と辰巳が可笑しくて、また笑いが部屋に溢れた。



「・・・ずっと一緒に居られる訳、無いんだけどな」
ぞろぞろと解散途中、席を立ちながらの漏れた台詞。聞き慣れた声なのに誰のものだか判らないのは、重なった思いの量の所為。
そんな事を望む程、夢見る程子供では無い自分達は、自覚しているから皆で小さく笑う。ただそんなものを望まれて、嬉しくなる程度には大人でも無く。可笑しくて笑う。階段の別れ道、空き缶捨ててくるからと手を差し上げれば一階住居の友人達はおう、と軽く応えてくれる。察しの良さには感謝。空き缶入れは、二年の住まう二階の階段脇と談話室にしか設置されていない。一人、捨てずに持って歩いた。結局奢ってもらったポカリの青。
「・・・今だけだよ」
多分明日出発前、違う誰かも言うのだろう台詞。後なんか、まだ頼まない。そんな気も無い。
階段を歩く歩調は思ったより軽いもので渋沢もほっとした。踊り場でうっすらとしか覚えていない三軍辺りだろう一年と擦れ違い、会釈返すものの相手の怪訝な顔は消し去ってやれずに通り過ぎる。顔笑ってますよ。そんな風な指摘を受けずに済んで、ほっとした。そんな距離。


懇願じゃないのはお互いの間柄の近さの所為で。自負とも自慢とももしかしたら取れる、胸に涌く誇らしさがその後押し。
違う誰かが嫌そうに言えばそれは多分。惚気。みたいなものなのだと思う。
まだ一緒に居るよ。
ノックをしながら音にはせずに口にしたのは練習だった。謝罪の気持ちとはまた違う感情を、上手く言葉に乗せる為には神妙な顔が一番だ。もごもごと口を動かして頬を引き閉めるのに、渋沢は少し、苦労をする。
機嫌を損ねた左サイドと多分その頭のモヤが移ってしまっているだろうエースストライカー。さてどっちがドアを開けるかな、と思った時の口の端。弛んだ顔に渋沢が気付くのは、可愛い後輩二人に揃って、怒鳴られてしまってそれから漸くのことだった。

一緒にいようよ。
懇願じゃないのはそれが当たり前だと思っているからだ。いつか道が別れても。
でも今は。まだ。




@いってきますにただいまをどうか。


キリリク、修学旅行INフォレスト。・・・・・・前夜!(いってねー)
自分のなかできちんとした森のしゅうがくりょこうはなしというのがあるので(っていうかその話が大好きなので)(誰とはいいませんがSとfとzのついたサークルさまので)もう書けませんでして、そんで。こんなの。
いつまでもこうしていられると思ってないし、いたくもない。何時の日かのいつかは、必ず笑って手を振るけれど、それでも今は膨れさせて。
そうして宥めて、わらってみせて。






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