腹を貫かれたそのままの勢いで壁に凭れる。
 本当は圧倒的な力で刺されたまま壁に圧しつけられた形で、衝撃を受けて崩れ落ちてきた壁の破片や埃は喉に苦しい。磔にもいっそ似た状況に為す術など勿論無く、抵抗も出来ずにただざらざらと舌先に残る砂塵を集めて吐き捨てた。唾液はもう、赤かった。

 現状を打破する策など、もう無かった。
 考えるだけの力も冷静さも、集中も何も無い。貫かれたままの腹の傷は想像以上に急速に体温と血液を奪っていく。口の中は随分前から鉄の味がした。意識を手放す時もそう、遠い話ではないのだろう。
 再生し終わった、その美貌から膝付いて舐め上げる者も居るだろう足先まで傷の一つも見当たらない女は、最初の対面とまるで同じ、不遜な笑みを浮かべていた。
 見下した、その眼が気に食わない。
 発火布も濡れ銃も無い、捕らわれた自分に出来る事と言ったら睨み付けるでもなく、ただ笑みを返すだけ。


 それでも殺せなどと、言えない理由は我が身可愛さだけなら、寧ろ良かった。


「・・・血に塗れようが何だろうが。英雄さんには映えるばかりね」
 口説きか誘い文句か、いずれにしても甘い声。
 青空の下のオープンカフェ。町の道角。そんな場所で、笑顔かほんの僅かに赤く染めた頬付きで、もう少しだけ穏やかな言葉で囁かれたものなら、相手に合わせた熱を持って返す事だって、出来た。
「そういえばさっきの質問に答えてあげてなかったかしら。生かして帰す気は、・・・ない?」
 身体には相変わらず差し込まれた爪。
 捻じ込まれて傷を広げられた所で、口内に余計な傷を作るばかりだった。軍人生活が長く、また現場に近ければ近い程この手の痩せ我慢が上手くなる。元々無駄な事など一切しない主義だから、悲鳴など飲み込むに限るのだ。そんな暇があれば睨み付けるのがいい。少しでも意志を、相手に、伝えるのがいい。
 自分の状況を省みる事もせず、視線をまるで逸らさない自分に、女はまた笑いを重ねる。
「そうね、生かして帰す気は無いわ。・・・・・・貴方、以外は。一人も」
 首を振る、その仕草はいかにもやれやれと云った風。
「厄介なもので貴方はまだ殺せない・・・この後に必要な、大事な駒なのよね。ただだからといって色々嗅ぎ回られるのは歓迎じゃないわ。―――なら、どうすればいいかしら?」


 それは、ついさっき。手を伸ばして寸でで間に合った。失い欠けた存在。
 そうして今、手放しかけている金の髪。手を、自分は伸ばしている。

「・・・始まりはマース・ヒューズ中佐。この調子じゃ・・・次はジャン?その後はそうね、・・・あの有能そうな副官なんてどうかしら、ね?」
 女の、言わんとしている事など即座に理解した。
 くすくす笑いに混ざって伸びてきた爪がもう一本、躊躇いも無く身体に突き刺さる。嗚咽は飲み込んだ。鉄の味は、熱くて苦い。吐き出してしまいたかったが我慢した。

「貴方の所為で」

 付いてこいと、言った。
 文句は言わせなかった。それでも彼らは確かに答えた。
 ・・・それでも、あの時真直ぐに見遣って来た、青い眼は今、開かない。

「・・・動き回るのは、そう、勝手よ?」

 女の笑みは何処までも艶やかで扇情的で吐気が、して。眼を逸らしたのは答えられなかったからじゃない。
 返事をしなかったのは、何処までも自分の意志だった。






ラスト女王様編。
正確には、この後に続くんですが。二パターンで。
この辺からロイラスですかと言われ始め、ハボックどこですかと聞かれました。あたしが知りたい。









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