「無駄よ」
それは繰り返された言葉だった。
至近距離で腹を刺され、抵抗も出来ずに地に落ちた。傷自体は致命傷とは言えぬものの、血が熱が、何よりも身体を動かす根本の、力が。急速に失われ、抜け落ちていくのが良く判った。
「もう、助からない」
女が笑うのは、動かない自分の視線の先の、話だ。
覆面を取ったお陰で露になった金の髪が今は泥に塗れてしまってる。大抵の場合自分の左右に付き添う共通のその色を、云った事は無いけれど自分は確かに気に入っていた。
肉体労働担当、汗と太陽のひかりが何時も良く似合っていて。何時だったか擦り切れたアンダーウェアを気紛れで新調してやれば、またこれが使い物にならなくなるまでこき使われるんスねなんてうんざりとした顔を向けたりなんかした、不遜な部下。その時買い与えてやったものとは違う、待機の際に指示して与えた実践向きの軍支給のスーツ。色は変わらず黒なのは暗黙の了解が流れている。
思わず駆け寄って、手を差し伸ばした際から彼は身じろぎ一つ、していない。
絶え絶えな呼吸すら聞こえないのは、ただ距離の所為だと思う事にしている。少しばかりの時間が過ぎてしまった。急がなければ、いけないというのに。判っているのに。身体が何故か、動かなかった。
女は高みからもう一度、繰り返してふんわり笑う。
「助からないのよ?」
それがどうしたと罵る事は簡単だ。
だがそんな非生産的な行動に価値は無い。今すべき事は状況の打破。そうしなければ、自分も部下も、この場で冷たくなってしまう、だけだから。
どうにか隙を見つけもう一度賢者の石を奪い取り、細胞の一欠けも残さない高温に晒す。もしくは爆音を上げ、それを合図とし中尉とアルフォンス・エルリックと合流し体制を立て直す―――・・・。
濡れた発火布、練成陣を書くスピードと演算能力。相手の、実力。それら全てを計算に入れ視野の上で、今すべき事を。出来る事を。纏めなければ、ならなかったのだ。
ならなかったのに。
「・・・っいと、言ったの、・・・だ・・・」
言葉など意味を成さない。
顔を上げる事も出来ず。荒れた息。それでも力を振り絞り、声を枯らす事に意味を見出すなんて、とても。出来ない。
「・・・付いて来いとっ!この私が!言ったのだ・・・っ!」
「途中退場など二度と許さない!文句は言わせんと言った!・・・判ってるの、か!」
「後で幾らでも馬鹿と罵ればいい・・・責任も責務も何だって背負う。それがどうした。お前達の命を、預かっているのは私だ。私のものだ。・・・それを誰がっ、捨てるものか!」
返事のしない電話を切って走った。汗を、息を切らして。手を伸ばしたらまだ掴めた。手放すつもりなんて、欠片も無いんだ。
「・・・助けてやる」
黒く滲んだ右の掌。握り締めれば、眼を覆う様な痛みが走った。
「助けてやる」
術も根拠も、ただ一つの策も無い。
それでも譲らない譲る気も無い、ひっそりと抱いていた一つの決意を口にしたのに、理由をあえてつけるなら言い聞かせだった。
目前の現実から眼を逸らして、容易に揺らいでしまいそうな自分に、言い聞かせるのだった。
「・・・助けるんだよ」
返事が聞こえる事が決して無くても。言い聞かせるんだよ。
ハボロイひとりごと編。
そういうつもりでは一応無かったんですが、そんなかんじに。
イエスキナンデスガネタシカニ(片言)
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