しまった、と思った時には既に遅く。
 貫かれた腹は当たり前だが傷深く、一瞬で軍服に黒い染みが広がった。すぐに縮んでいった爪は肉を通り抜ける際にも傷を深めていく事も忘れなかった。今はもう何ら普通の手と変わりない、赤く染まったその指先を目の前の女は煽る様に、ぺろり、舐めた。
 指先一つで潰し得る、欠片の肉片から再生した身体は、もうほとんど原型と変わりない。畏怖さえ感じる再生能力。一度握り締めた赤い石が、どれ程の力を持っているのか、身を持って思い知らされた、そんな感じがした。

 致命傷だった。
 胸を貫かれ血を吐いた部下とは違って、すぐに命にかかわるといった傷では無いものの、足を止める、その意味としては十分過ぎる熱さなのだろう。
 発火布も濡れ落ちて、援護の部下も倒れ銃も無く。牙を抜かれたも同然の、自分の状況。
 壁に凭れて小さく呻けば、女は実に楽しそうに笑みを浮かべた。
「チェックメイトね」
 返す言葉も抵抗も、いざとなると何一つ浮かばない、脆弱な脳だった。
 ただ同じ敷地、同じ屋根の下に居る有能な部下の、怒る姿がぼんやりと何故か浮かんだ。


 それとも、泣くかな。
 場違いな、感傷とも違う曖昧な感情に身を委ねて最後の一撃を嫌に静かな気持ちで待った。
 突然壁が砕け落ち、そのあまりの唐突さに何の反応も出来ず砂埃を思い切り被ってしまう程度には、正直覚悟を決めていた。


「おうおう、何だぁ皆お揃いでよぉ!」
 純粋な破壊と予想だにしない耳を覆いたくなるその馬鹿声。
 空気を読む、なんて芸当が出来る訳無いバリーは愛しそうに手に持つ刃の切っ先を振り上げ、表情の無い骨の顔をカタカタ揺らして器用に笑った。
「俺も混ぜてくれよ、ちょうど切れ味が乗ってきた所なんでよ!それにしてもさすが俺の身体!腐ろうが何だろうがこんだけ切り応えがあったの初めてだぜ!」
 その言葉の行動の、真意などとてもとても図れやしないが、バリーは実に綺麗に刃先にこびりついた血を嬉しそうに顔に擦り付けた。恐らくは自分の、自分の身体のその返り血。もしかしたら還している、つもりなのだろうか。柄まで飛んでいたそれをバリーは綺麗に拭い上げ、輝きを取り戻した刃を実に嬉しそうに女に向けた。
「・・・俺、前々からあんたの事を斬りたくて斬りたくてたまんなかったんだぁ」
 光悦とした、声を理解する事はやはり出来なかった。
 けれど段々と遠ざかっていく意識の奥が、少しだけ光を取り戻した事はどうにか、判った。




らんにゅうしゃ編。
書いている時は、これが一番ありえるかなと思ってました。
…うん、ハボック欠片も助かってないんだけど。わかってるんだけど。









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