楽にしてあげるわ。
 そう言って首元に鋭利な刃物と化した腕を添えられたその、今際のタイミングだった。
 独特の目映い光が壁に走り、自分達に向けて降り注ぐコンクリートの雨に混ざって走り来る金の髪に、本当に言わなくてはだったのは、何故来たの一言だったと、今ならすぐに判ったのだが。




「ご無事で」
「・・・そうとは言えない、状況だがな。だが私はいい。・・・あいつが」
「ジャクリーンなら、アルフォンス君が。私は錬金術に明るくありませんが、恐らくは最悪の事態は免れたのかと思われます。・・・眼を見て頷いてくれました、から」
 彼女の愛用の銃、その弾数の限界まで撃ち込めばさすがのウロボロスも手を、身を退いた。
 自分の決して浅くは無い傷のある腹を手で押さえ隠しつつ、身体を起こして有能な腹心の眼を自分こそ見ずに、命を出す。
 瞬き程の間に致命傷さえ傷一つ無く再生させる、そんな相手に向かい合う相手など、そう多くなど、なくていい。
「なら、中尉。ハボック少尉を連れて、外へ。私もすぐに追いかける」
「仰る意味が判りません」
「判るだろう、命令だ。二人で先に行け」
「・・・私が来た意味もご理解して頂けないのでしょうか。・・・それに」
 いつも彼女がどこかしらに備え持っている発火布の予備を受け取り身に着けながら、彼女は彼女で目標から決して眼を逸らさずに弾丸の補充を瞬時に行って。
 そうしてお互いに開いた口は口調は、普段の執務室に流れる様なあどけない空気に酷く似ていて、自然と目が細まった。
 他愛もない言葉にいつも反応してくれた。しょうがないひとだわなんて、隠しもせず困った顔をして。煙草の煙越しに同じ髪の色、同じ顔。苦笑して。しょうがないひとっスね、と頭を掻くは煙草は噴かすは、有り得ない不遜な態度。
 ホントは過ごし易くもあった。
 口にした事など、一度だって無かったけれど。
「・・・彼は彼で、あんな事を言っているし」
 抑揚の無い声だけど、聞き知っている、少しばかし本当に困った時に上げる彼女の声質。
 促され誘われるままに眼を向ければ、馬鹿者が身体を起こして必死の声でがなっている。
「・・・さっさと引き取って下さいっ、その無能!上官に動かれちゃ迷惑なんだってっ、言い聞かして下さい頼んます・・・っ!」
「―――うるさいお前こそっ、傷も塞がってないのに大声出すな!早くっ、あいつを連れて行け中尉!いくら私でも怪我人を庇っては、勝てるもんも勝てんのだ!」
「血ぃ流しながら・・・っ、威張られても請け負いられませんっ!大体何言ってんですかっ、立場が逆でしょう!俺が行くのが当たり前だしっ、あんたは早々逃げて何でもない顔で執務室でふんぞりかえってりゃいいんです!・・・それで中尉に怒られてりゃっ、そんで・・・いいんだ!」
「・・・煩いと言っている!中尉もういいから早く―――」


 ぱあん。
 丁度頬先を掠めるだけの絶妙さで、お互いのすぐ後ろの壁に穴が開く。
 確かに二発撃ったはずなのに、音が一度に聞こえたのはどうしてだろう。改めて感じる、それは信頼よりも恐ろしさ。


「・・・失礼、お二人の意見を総括させて頂きます」
 同じ様に黙り込んだハボックの肩を慌ててアルフォンス・エルリックが支えていた。変わらない鎧の体躯が何故だか小さく見える。そういえば、彼にこんな司令部の日常めいた風景なんて見せた事が無かったか。
 恐怖が不意に潮を引き、ふ、と自然と口元に笑みが浮かんだ。淡々と、当たり前の事を当たり前の様に彼女が告げた後はもっと。それはしっかりと顔に刻まれて。


「皆で帰れば良いのでしょう」


 反論など当たり前だが許されず、頬に流れた血を拭ってそのまま発火布を付けた左手を前に出して、返事として変えてみた。
 隣には中尉が、そして少し離れて無理に起こした体をふら付かせながら、それでも鷹の目に負けない鋭さを持って彼も銃を、構えている。
 生きて、帰れば。
 理想を掲げたその上で、反論など許される筈がある訳無い。
 三人一様に向かい見たウロボロスの女は、再生を終えて相変わらずの艶めいた笑みをそれぞれに均等に、誰へとでもなく向けていた。







理想論編。
原作がいちばんで、あの後のシーンも話の展開もほんとうにドキドキして目が離せなくて納得いかないものなんて無かったんですが。
なんていうか、やっぱり軍部が好きで、そんな想像(っていうか妄想)を形にする事を許してもらえたらで、始めたんだなぁと思いました。読み返して。
いきてかえってくれればそれでよかった。
あの時は確かに、それでよかった。










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