穴の開いた腹を押さえて凭れこんだのはほんの一瞬で、気づけば部屋の外に放り出されていた。自分の身体。
 持ち上げられた、投げ出された。
 そんな事実一つにさえ、気づけずにいたその理由は、見慣れた太い腕を頼れる背中を、もう見る事は叶わないと本当は思ってしまっていた、自分の弱さ。なのだろう。


「・・・・ハボック!」
 扉の無い出入り口を身体で陣取り、自分の視界を遮った部下はどれだけ呼び掛けても答える事はしなかった。向けられてる背中は赤く薄汚れている。染みの広がりは今だ留まる事は無く、自然漏れ聞こえる荒い息からも、彼が今こうして立っている事実一つでさえ、おかしな事だというのは判った。
 ハボック、と再度名を呼んだ。返事代わりに彼はライフルを構え、前を見据えたまま少し、笑った様だった。

「・・・ジャクリーンっスよ、名前」

 コードネーム、その作戦名。
 男の名前などこれ以上呼びたくない覚えたくないと、延々と絡んで勝手につけた、その。エリザベスと共に名前を引っ掛けた自分のセンスには我ながら上出来と満足し、美しい名前だろう何処の貴婦人かと思わせるお前絶対振り向けよ返事しろよ敬礼だナラエ!と言い詰め寄って、苦虫を噛み潰した様な顔の部下に復唱までさせたのは、そうだ。確かに自分、なのだった。
 その一言の意味はすぐに悟り、だからこそハボック少尉!と階級まで含めてしっかりと呼び付けた。
 …上官が絶対の軍社会。
 サー!と指先を四十五度、真直ぐに澱み無く伸ばしただ敬礼してれば、部下というのはそれでいい。
 各自の判断に任せて撤収解散、守るべきはその身一つ。上司の命令にただ従って、共に駆け出し、命からがら逃げればいい。
 職務に忠実であれなんて、一度も。そういえば自分は一度も命じた事は、無い。
 …確かめずもせず、生きてこれた、それだけは自分の誇りであり自慢であった。そんな部下だった。
 幾つかの銃声と肉を裂く嫌な音。響いても、それでも彼は振り向きなどしなかった。


「ジャクリーン、…そう、ただのジャクリーンだ。誰かの命令で居る訳じゃないんスよ・・・それよりこんないい女と二人っきりになるチャンス、邪魔しないでもらえませんか、ね?」


 厚い胸板を貫いた黒い爪先は自分には届かない。
 倒れもしない。振り向きもしない。ただ声はいつも通りの不遜さと軽快さ、変わらない振り返れない背中に向かって、ハボック!ともう一度だけ、もう一度だけ。呼んだ。


返事は返ってこない事を知っていても。荒い息がもうか細いものでも。腹心の部下の名前を、自分はただ、最後まで。






死んでどうする編。
もしかしてこの頃、もう助ける事は諦めてしまってるんでしょうか。格好よくしようとしたんでしょうか。やる気出せー!(今、言っても)







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