「くっ・・・!」
賢者の石を手放さずに済んだのはせめてもの救いだった。
瞬間相手の身体を吹き飛ばし、間合いを取るものの腹に貰った土産は思った以上の深手の様だ。部下の心配など、とてもじゃないがもうしている余裕などロイには無い。下手すれば、下手せずとも。このまま相手と対峙し続ければ、間違い無く自分の方が先に冷たい身体と、なる。
「意外と粘るわねぇ・・・さすがは人柱候補」
放り投げる瞬間、賢者の石の最後の恩恵に授かれたのは確かに僥倖と云えるのだろう。
酸素濃度の調節でどうにか渇きを得た発火布は、多少焦げ目を持ちつつも使う事はまだ出来る。弾き出した焔を躊躇い無く真っ向から受けて、傷などまるで物ともせずに、目の前の女は薄く笑った。
瞬き程の間で再生した女の顔は、確かに美しい部類なのだろうと、思う。
作られた顔、作られた身体。計算された均整さは完璧すぎて人間の匂いをまるで寄せ付けない。
だからこそ美しく、だからこそ禍々しい。ホムンクルス。…それは、有り得ない存在の名前だ。
様々な感情が顔に出ていたのだろう、何処か侮蔑の様な色が女の目にふと映った。爪が伸びてくるのと、それは同時で。
「・・・女の顔なんて気にしてないで、さっさと楽になったらどう?」
肌を掠めていくばかりの攻撃は、ギリギリの自分の抵抗加減と相手の言葉とは裏腹な思惑のおかげ、以外に無い。
今にも癇癪を起こして、さっさと止めをさせ!などと叫びだしてしまいそうになる。整わなくなってきた息、腹から染み出した赤の量。重い軍服。決して消える事の無い、女の笑み。
「・・・そうね、人柱としての価値もあるし、正直迷いもしたんだけど―――やっぱり貴方の様な策士は怖いわ。いい男とは、さっさとお別れしときましょ」
女の口紅がぬるり、酷く鈍く光ったのを良く、覚えている。
中佐といいジャンといい、縁が無くて困っちゃうわ。私。
呼び水としては、あまりにも。あまりだった。
発火布一つ、銃も無く援護も無く。水浸しなその部屋の中、それでも飛び出してしまったのは無謀極まりない、実に自分らしからぬ失策だった。
ただの激情に任した、策一つその手に持たず、相手の掌のその上の。
・・・爪が伸びてくるのが嫌に、ゆっくりに見えたのが少し。不思議に、思った。
「・・・別れ話はまだしてないよな、ソラリス?」
不思議なものだった。
あれだけ助けようとムキになっていた相手を、気づけばそっくり忘れていた、その自分の薄情な事。
対峙していた間に唐突に入り込んできた背中は、その服の色だけでなく重い黒を、背負っていた。
「恋人と居る時は俺だけを見てって・・・大人のルールだ」
「・・・しつこい男は嫌われるわよ、ジャン?」
「つれねぇ、言葉・・・」
どうやってその身体を動かしたのか、身体に爪を突き通しながら距離を詰めて行く、どれだけの強靭な意志でそうした行動を、言葉を、発しているのか。
背を向けた腹心の部下が、まるでまるで。判らなかった。
ただ判るのは、その背に映る、揺らぎ無い一つの意志。
それは自分が望まずにいた事、他に無い。
「・・・一回噛み付いたら・・・離すなって・・・躾けられて・・・て、ね・・・」
判っている。判っているから。ありがとうもすまないも、きっと。違うのだと、思う。
ただ睦言の邪魔はすまいと、思って。思う事にして。景色さえ変えれば抱き合いにも見える二人に向けて、静かに静かに、自分は右手を向けるだけ。
ページの存在意味の理解しているのか、編。
あんな状態で、あんな結末で動けるものなら一人であっさり逃げやがれ!と叫びたい勢いですが、そんなハボックをあたしは知らない…。
援護しろと言われて了解して、実行にうつした。それだけだった。なにかを、いうことなど自分には出来なかった。
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