「諦めの悪い男って、こうも格好悪いのね」
 あからさまに溜息を混ぜた呆れた声は何処までも人間臭くて薄気味悪く、その感想を素直に乗せて鼻で笑えば、首先を黒い切先が走る。
 首一枚にしては少し斬り過ぎのそれすらも、大人気なさが何処までも人間の反応だった。



「少しぐらい泣き喚いた方が可愛げがあって好かれるわよ、大佐さん?」
 腹の傷はそういえば随分前から放っておいていた。痛みは有る程度のピークを過ぎると単なる熱となる、それも東の地での経験だ。
 気にもせず、今度は首筋に出来た新しい傷に手を添えた。血が出易い箇所と判っているものの、拭った所で取り切れやしない自分の体液には辟易した。袖口に大きな赤い染みを作った所で頭がくらり、大きく揺れる。そろそろ意識も怪しいものだろう。他人事めいた分析をしながら、浮かぶのは相変わらずの張り付いた笑み、一つ。
 気に食わないわね、と女の舌打ちも一つ。部屋に響いた。
「・・・ジャンを刺した時の方がよっぽど自分を無くしてくれてたわ。発火布も無く守ってくれる部下も無く。無能な身体一つの貴方が、どうしてそう笑ってられるのか、教えて頂きたいものね」
 直に胸へと刺されれば、流石の笑みも抜け落ちた。喉元に熱い熱がこみ上げたけれど、必死の思いで飲み込んで。そうして両の手で握り締めた爪先、人間外の女の一部。
 浮かべ直した今度の笑みは、無理に作ったものなんかじゃまるで無かった。

「ご希望とあれば、教えてやろう」

 正面、思わず座り込んだ自分の視線の先に立つ女。
 真直ぐに見ながら口を開いた。何度血を吐くかと危なげながら、真直ぐに。口を開いて。

「まずは一つ、私は無能などでは無い」
 あっさりと言い放てば即座に突き刺される右の掌。元より使えなどしない腐り落ちる寸前の腕。感覚がろくに無くとも衝撃は確かに受けて、顔を少しだけ顰めた。眼を軽く細める程度の、それは見様によっては笑みを深めた。そんなだった。
「・・・二つ、有能な人間の下には有能な者が集まるものだ。少なくとも私は、上司の危機にいつまでも寝転がっていられる様な部下を持った覚えは無い」
 真直ぐに、見遣っている。
 女のその奥、金の髪。焼け焦げた薄暗い部屋ではぽっかりと浮かんで一人目立つ。マスクを外す許可などそういえば、与えてなかったとふと、笑いながら思い出した。
「三つ。濡れ落ちただけだ。発火布も狸寝入りが上手い部下も、無くした覚えは一度も、無い。・・・な!」
 叫べば早い、溜めていた力の総動員。
 ハボー…ック!
 呼べば女が振り返る。握り締めていた左手は床へと返す。身体から漏れ零れた体液で書いた赤い練成陣は、どれだけの贔屓目で見ても決して上手いものじゃない。
 体内の血液の沸騰。思っていたより、それは容易く、終わりを告げた。


「・・・嘘など、一つもついた事が無いさ」
 俯きながら呟いた。足元には黒い服。もうずっと動かない金の髪と見えない青い瞳。嘘じゃない、ともう一度繰り返して。口の端を上げる。
「無くした覚えなんて、無いんだ」
 口の端を上げて。目を細める。けれど鏡を見なくても判る、それは笑みなんかじゃ決してない、事。

「・・・失くすつもりなんて。・・・何時だって、無いさ」

 塵に還る瞬間、女の口元が刻んだのは断末魔などでは無くたった一言とそれはそれは綺麗な、笑み。
 そんな顔とウソツキなんて言葉。不意の突風に塵が攫われるまで、何も返せなかった理由はただ一つ、そのちぐはぐさの所為にした。






ウソツキ編。
全然ハボックが助かってません。話としては気に入ってても、これじゃ本末転倒です。しっかり!










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