取引しましょうロイ・マスタング。
こちらの返事も反応も、まるで相手は気にもしていない様だった。
倒れこんだ顔のすぐ側にやってきた細い足首に、噛み付いてやる程度の元気もその時の自分には、まるで無かった。
「・・・本当は貴方を殺す気なんて、全然無いの」
優しい口調は随分と上の方から降って来る。そのくせ爪は容赦なく伸びてきて、身じろいだ自分の頬を薄く裂いた。左右対称のその線は、見えはしないが以前中尉に書かれた油性のアレを思い出させる。後二回、しかも両の頬に揃って受ければ、しばらく笑いの種になるのだろう。
嫌だなぁとぼんやりと思う。
聞き流しとは、それでも違った。
「でも、貴方はじっとしてられないみたいでね。・・・そんなやんちゃは、時々困ってしまうのよ。私達」
だから取引、と女の笑い。
「貴方の邪魔はしないわ焔の大佐。・・・なんなら手伝いだってしてあげてもいい。邪魔な准将少将、幾らでも殺してあげるわ。・・・貴方も私達の、邪魔を。しないなら」
此処まで来た、起こった経緯はすでに聞き知った。
目撃もした攻撃もした、腹心の部下達が対峙していた明らかに人間外のいきもの。アルフォンス・エルリックから聞いた情報。そして今自分の命を握っている、この女。
取引と言って、断ればどうなるのかなど。一瞬で悟れる脳味噌が今は憎い。
「賢者の石も分けてあげてもよくってよ?・・・恋人に目の前で死なれたら、私だって夢見が悪いから」
文句も言わせず連れて来た。
それでも気の緩んだ瞬間、ふと漏らして問いかければ。煙草の煙を嫌に多く吐き出して、彼はあっさり笑ったものだった。
でもきっと、後悔だけはしないっスよ。
その笑顔は五人分、似ても無いのに何処か重ねて。煙の所為にあの時はしたけど、不覚にも少しだけ、じんわりとしたんだ。
うしないたくないんだ。
不意に入り込んだ風に浚われて、燃え滓が顔に少し張り付いた。それは自分が起こした爆発の所為で、散り散りになった部屋の先住人達。
容易く崩れ落ちる、踏みつけて消え去る。そんな様に。
うしないたく、ないんだ。
「・・・取引しましょう、ロイ・マスタング?」
二度目の問いかけで漸く顔を見たウロボロスの女は、当たり前だが優しくも何ともない不遜な張り付いた笑みだった。
弱大佐編。
ある意味、全力でハボックを生き残らせようとしておりました。
でも本当に都合のいい、同人なはなしだと思う。ありえない。でも少し、気に入ってます。
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